2021/07/27更新0like8623view

著者:原 ふりあ

専門家フィーチャー

住む人が求める「気持ち」を建築で実現するために|建築家・鹿内健さんインタビュー

この記事を書いた人

原 ふりあさん

アトリエ系設計事務所に所属して住宅や大規模建築の設計を行うかたわら、自ら設計や執筆活動も行っています。一級建築士。

「SUVACOに掲載されている事例を取り上げ、設計した建築家にインタビューする」という企画の第三回目。お話を伺ったのはSデザインファーム株式会社を主宰する鹿内健さんです。

SUVACO編集部の松本さんを含めた三人でオンライントークをさせていただきました。取り上げた事例は「バスキッチンの家」「日本橋S邸」「扇垂木の家」(改修2つ・新築1つ)です。自邸の話を含め、鹿内さんの興味深い価値観を伺えるインタビューとなりました。

▽ 目次 (クリックでスクロールします)

お話を伺ったのは

鹿内 健

鹿内 健

建築家

人が集まり『ゆったりとした時間』を過ごせる建物・場をデザイン

「10年間だけ住む家」を考えたきっかけ

原さん

原さん

まず、マンションを改修された自邸「バスキッチンの家」について。住む期間を10年間と設定し、賃貸同等の費用負担で可能な改修を考える──というコストコントロール面と、だからこそ可能になった思い切った間取りについて、お話をお聞きしたいです。
鹿内さん

鹿内さん

前職(オンデザインパートナーズ)でも多くの住宅を設計していたんですが、一生に一度の住処としてご依頼いただいて、35年ローンを組んで……という方が多かったんです。そういう設計はもちろん大事で、今、僕自身もやっていますが、そうじゃない考え方の人もきっといると思っていました。

その頃僕は子どもが生まれたばかりだったので、「10年間だけ住む家」を自分で設計してみても面白いかなと思ったんです。
原さん

原さん

私は今夫婦で賃貸住まいですが、こういう選択肢があるのはいいなと思いました。その後はどうしていらっしゃるんですか?
鹿内さん

鹿内さん

今、実は……すごいタイミングでのインタビューなんですけど(笑)。賃貸に引っ越そうとしています。子どももやっぱりスペースが欲しくなってきたので、10年いかなかったんです。

引っ越したら、この家は賃貸に出そうと思っています。R不動産(※個性的な物件を多く扱う不動産サイト)の方いわく「買うのはハードルが高いけど、こんなにお風呂やキッチンが広くて素敵な場所は賃貸にないし、新婚や一人暮らしで試しに住んでみたいという人がいると思う」と。相場よりも高く貸せるようです。

お風呂とキッチンを充実させた窓際空間

原さん

原さん

窓際にお風呂とキッチンをもっていくという発想はどこから生まれたのですか?
鹿内さん

鹿内さん

部屋面積が狭いと、すべてを満たすことは難しいですよね。

日本の昔の住宅のように、寝室やダイニングを兼ねるような部屋を手前(窓と反対側)につくりました。それによって、お風呂とキッチンを窓際の快適な環境にもっていくことができ、充実した広さもとれました。使っていない時間も多いので、お風呂やキッチン越しに光が差し込みます。

子どもたちはこれを気に入っていて、賃貸物件を見に行くと「この家のお風呂は狭いね」って言います(笑)。
原さん

原さん

これだけのびのびと入れるお風呂はなかなかないですよね。何か使っていく中で気づいたことはありましたか?
鹿内さん

鹿内さん

お風呂が大きいのと、床のフローリングとのつながりを重視したので、メンテナンスがけっこう大変ですね。木の風合いのタイルにしてもいいかもしれません。広いので、植物や防水照明を置いたりといった少し変わった使い方ができています。

「この時期にこう暮らしたい」から考える家づくり

原さん

原さん

次のお住まいを賃貸にされたのはどのような理由ですか?
鹿内さん

鹿内さん

やっぱりこだわりたいから、けっこう計画に時間がかかる……というのと、子ども部屋が必要な時期って短いじゃないですか。今は子どもが小さくて最も面積を必要とする時期ですが、子どもがいなくなったタイミングで設計しようかなと考えています。
原さん

原さん

住宅の設計をする際に、子ども部屋をどうするかは大事なポイントですよね。その後も転用できるようにと設計しても、部屋として作ってあると使いづらかったり……。
鹿内さん

鹿内さん

マンションでも戸建てでも、部屋数を確保しようとすると窮屈になるし金額も高くなる。だからこそ「この時期にローンを組まなきゃ」となるのが一般的ですが、本当にそうなのかな……「この時期にこう暮らしたい」から家づくりが始まるのが、理想ですよね。
原さん

原さん

多様な価値観が生まれてきている今の状況ですから「家は30年住むもの」という価値観に縛られないのも大事なことだと感じます。

すべては満たせないから、割り切ってみる

原さん

原さん

4人家族で住まわれてみて、41㎡という広さはどうですか?
鹿内さん

鹿内さん

昔の団地の「51C型(※)」と同じ大きさなんですよね。当時は6人家族も多かったことを思えば、2人少ないからいいかなと(笑)。

藤森照信さん(※建築家・建築史家)が書いた『昭和住宅物語』という本によると、「51C型」に至る途中の間取りでは、水まわりがバルコニー側の半屋外にあったようなんです。狭いのに豊かで楽しい家だなと感じました。40㎡でも何かしらそういった面白さがあれば、35年はきついけど10年なら大丈夫かなと、そんなに心配はしていませんでした。

(※51C型:戦後、住宅を効率的に供給するために採用された公営住宅の標準的プラン。12坪=約40㎡の広さ)
編集部 松本

編集部 松本

ちなみに、このプランになった時に奥さまはどういう反応だったんですか?
鹿内さん

鹿内さん

今テレワーク中なので隣にいますけど……どうだった?(笑)。「すごくよかった」そうです。彼女も建築をやっているので違和感はなかったようです。逆に、キッチンでみんなで料理したいという要望もあったので。

すべてを満たすことはできないから、割り切るところは割り切る。だから面積を小さくして、でもつまらない家にならないよう、楽しく過ごせる場所に費用を投入する──それが今回のお風呂とキッチンです。

家づくりの途中で費用的に何かをあきらめなきゃいけないときも、楽しみたいところはちゃんとつくり、そのための費用をどう生みだすか。選択肢として面積を小さくする、期間を限定する、などがあるかもしれません。

あえてつくった余白が生む、ゆとりと潤い

原さん

原さん

「日本橋S邸」は施主がご自身で所有されていたマンションなんですよね。
鹿内さん

鹿内さん

はい、実はご事情があって建物自体を壊すことになってしまって。卒業式みたいな形で、先日、工務店さんと僕で行ってきたんです。短い期間だけど本当に毎日帰るのが楽しかったとおっしゃっていただけました。
鹿内さん

鹿内さん

ルイス・バラガン(※メキシコの建築家)の「ヒラルディ邸」を見に行ったことがあるんですけど、エントランスから黄色い廊下を歩いていくと徐々に気分が変わっていき、その上でダイニングルームに至って、家族で時間を過ごす──というように、廊下が気持ちを切り替えるスペースになっている点が面白いなと思いました。

「日本橋S邸」では、帰宅してからリラックス時間までのモードチェンジをするために、あえてぐるっとまわる廊下をつくりました。普通はこんなに廊下つくったら怒られちゃうんですけど(笑)、プランをご提案したら一発OKでした。
(ヒラルディ邸の廊下/出典:斎藤裕『カーサ・バラガン』)

(ヒラルディ邸の廊下/出典:斎藤裕『カーサ・バラガン』)

(「日本橋S邸」改修後の間取り)

(「日本橋S邸」改修後の間取り)

原さん

原さん

確かにバラガンに通ずる少し神聖な感じがするといいますか、木のボックスを中央に置くという象徴的な操作によって空間ができている点も面白いですね。
鹿内さん

鹿内さん

想定しきらないスペースをつくるのも大事だと、最近思っているんです。機能から除外されたスペースがあったほうが可能性は広がるんじゃないかな、と。

余白のようなものがあると、ゆとりや潤いが生まれると思います。バスキッチンの家もそうですね。機能的にはあそこまで広いお風呂は必要ないですけど、広いからこそ植物が置けたり、子どもが遊ぶスペースになったり──。

この家の場合は、玄関から左回りに廊下を歩く中で、手を洗って、お風呂に入って、着替えて、主寝室に入って、最後はお酒でも飲んで。と動線としても理にかなっていますし、気持ちの切り替え含めてデザインできたのはよかったですね。

コストコントロールの考え方

原さん

原さん

鹿内さんにとって、限られた予算の中でも「ここは費用をかけたほうがいい」というようなお考えはあるのでしょうか?
鹿内さん

鹿内さん

うーん……やっぱりお客さんが大事にしているポイントや、お話を聞く中で現状に少し不満がある部分だったり、そういうところですかね。代わりに建具や家具の調整など、僕らのノウハウでご提案をして、バランスを取ります。

前職では見積もり調整で苦労することがあったので、今は自分たちで積算(※設計内容に基づき工事費用を算出すること)をやっているんですよ。これがけっこう効果的で、マンションリノベでも(設計時に想定した価格と実際の施工費用の)誤差を5%程度にまで抑えられています。もちろん想定外の場合もありますが。今では逆に工務店さんが僕らの見積もりを信じはじめています(笑)。

大工も腕を振るった木造住宅

原さん

原さん

最後に「扇垂木の家」についてお話を聞かせてください。こちらは新築ですよね。
鹿内さん

鹿内さん

平屋にしたいということで、庭を楽しめるような、開きつつ閉じつつといったプランを考えました。偶然にも東側のお隣の庭が良い雰囲気だったので、借景として取り入れた庭をつくりました。コロナ禍の始まる直前(2019年末)に引き渡したので、本当につくってよかったとおっしゃっていました。
(「扇垂木の家」間取り)

(「扇垂木の家」間取り)

原さん

原さん

垂木の配置が難しそうに見えますが、施工も大変だったのでしょうか?
鹿内さん

鹿内さん

めちゃくちゃ大変でしたね(笑)。軒桁(※下の写真のガラス上にある材)の外側で垂木(※屋根を構成する材)の高さが揃うようにしたかったので、縁側の入り隅(コーナー)周辺で、登り梁(※天井に露出している構造材)の勾配がすべて変わっているんです。連続感を見せたいポイントだったので、工務店に頑張ってもらいました。
原さん

原さん

これはプレカット(※)ですか?

(※プレカット:主要構造部材をあらかじめ工場機械で加工して現場で組み立てる方法)
鹿内さん

鹿内さん

いえ、手刻み(※大工の手による加工)です。まだ、そういう複雑な加工を喜んでくれる大工さんもいらっしゃるので、僕らの描いた図面を見て「自分たちじゃなきゃできないよね」と。彼らもプライドをもって仕事をしていますから。現場では褒めまくりました(笑)。
原さん

原さん

やっぱり大工さんも、良い家が出来上がるとうれしいと思ってくれるものですよね。
鹿内さん

鹿内さん

そうですね。他の物件ですが、竣工した家に大工さんを連れていったことがあるんです。大工さんって最終的には現場を離れてしまうから完成した家を見られる機会が少ないので、とても喜んでいました。

コロナ禍で暮らし方も変わりましたが、この家の場合は庭を充実させられたのが良かったかなと思います。

光と影

編集部 松本

編集部 松本

鹿内さんの事例は、光の使い方がすごく特徴的だなと思っていつも見ていました。照明の使い方も含めてお話をお聞きしたいです。
鹿内さん

鹿内さん

建築家が力を発揮できるところってそこなのかなって思っています。「扇垂木の家」は寝室が東を向いているので、朝日で目覚められる場所に窓をつけています。どう太陽が上がり、どう家を照らし、その一日をどう過ごすかはとても大事なことだと考えていつも設計しています。

照明に関しては、照明デザイナーにも協力していただいています。「日本橋の家」のときは(お客さんに)「暗くてもいい」と言われたので、ダウンライトを極力少なくしています。

暗くて困ってしまってはよくないですけど、暗い空間は気持ちをリラックスさせてくれますからね。そういう意味でも光の設計は大事だと思っています。

形だけでなく「気持ち」をつくる設計

原さん

原さん

鹿内さんの住宅はどれもテイストがけっこう違う点が不思議です。
鹿内さん

鹿内さん

学生時代に、レンゾ・ピアノ(※イタリアの建築家)が設計した仮設オーケストラ(※作品名:「PROMETO Musical Space」)に感銘を受けたんです。船の真ん中に客が座って、その周りを演奏者が取り囲むんですよ。クラシックの常識からするとありえないと思うんですけど、観客が演奏者と一体感をもてるように設計したという話が、いいなと思いました。
レンゾ・ピアノが設計したエルメス銀座店(メゾンエルメス)は、ガラスブロックのファサードが特徴的

レンゾ・ピアノが設計したエルメス銀座店(メゾンエルメス)は、ガラスブロックのファサードが特徴的

鹿内さん

鹿内さん

僕の修士設計は9.11の直後だったので、その(被災した)気持ちを立て直す部屋を考えました。(震災等の)慰霊の場所は日本にもありますけど、行く機会もないし、特別な場所をつくるよりは日常の中にあったほうがいいんじゃないかなと……。

使っている人がどういう気持ちになるか。それが建築において大事だと思います。

形をつくりながらも同時に「気持ち」をつくっていきたいな、と──僕の中で、最近ようやくわかってきました。(「日本橋の家」のように)廊下をつくるのは、リラックスする「気持ち」をつくりたいから。「バスキッチンの家」も、家族の楽しい時間をつくりたい、でもそれはずっとじゃなくて10年ぐらいでいい。という感じです。

テイストが違うのは、お客さんが求めるもの(気持ち)が毎回違うからかもしれません。

おわりに

原さん

原さん

鹿内さんは、「建築設計」「建築家」という枠にとらわれず、いろいろな物事を関連づけて考えられるアイデアマンのような方だな、という印象でした。今回の記事では割愛していますが、工務店との付き合い方、ウッドショック、日本の林業について、新しい内装材の可能性……等々、建築に関連する周辺分野への理解度も高く、興味深いお話をたくさん伺えました。

これだけさまざまな事情を勉強し把握されていると、効率主義やソフト面の強化に傾いてしまいそうです。でも鹿内さんは、なお建築自体への純粋な興味・意欲を抱きつづけていることが、設計した作品からもお話からも感じられました。

また最後に書いたように、人の「気持ち」を重視するという非常に温かな眼差しもお話全体ににじみ出ており、一人の建築家としての姿勢に心を動かされました。
対応業務 注文住宅、リノベーション (戸建、マンション)
所在地 東京都渋谷区
主な対応エリア 全国
目安の金額

30坪 新築一戸建て4,500〜6,000万円

60平米 フルリノベ1,500〜2,100万円

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この記事を書いた人

原 ふりあさん

アトリエ系設計事務所に所属して住宅や大規模建築の設計を行うかたわら、自ら設計や執筆活動も行っています。一級建築士。

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