2020/07/17更新4like5132view

著者:原 ふりあ

普通で、地味で、伝わりづらい家の心地よさ─『建築家・永田昌民の軌跡 居心地のよさを追い求めて』を読んで

この記事を書いた人

原 ふりあさん

アトリエ系設計事務所に所属して住宅や大規模建築の設計を行うかたわら、自ら設計や執筆活動も行っています。一級建築士。

家づくりの参考事例を探していると、おしゃれでわかりやすい写真が手元に集まりやすいもの。「どういう家か」を一言のキャッチフレーズで伝えられる設計のほうが理解しやすいのは事実です。しかし今回はあえて、地味で目につかない、写真では伝わりづらい家のよさを扱う一冊を選びました。

▽ 目次 (クリックでスクロールします)

地味だけどこだわっている家

この本で紹介されている故・永田昌民氏の住宅は、普通というよりむしろ「地味」に近い。特に外観写真をぱっと見たときに、一般的イメージでの「建築家が設計した住宅」らしくない、と思うかもしれない。

「普通」という形容詞は、最近になって少し見直されてきているように思う。シンプルさと普遍性、あるいはやさしさと心地よさというような、肯定的なニュアンスが含まれるようになってきた。

では「地味」はどうだろう?例えばこだわって選んだ服で出かけた際に「地味だね」と言われて嬉しいか……というと、あまり褒められている感じはしない。「けっこうこだわったのに、伝わらなかったなぁ」と思うのではないだろうか。
「山王の家」(P.24-25)

「山王の家」(P.24-25)

永田氏の建築は一見すると地味だ。しかし決して「無造作」とか「こだわらない」という意味ではない。むしろ意識的に、こだわって、普通で地味でシンプルな住宅をつくっている。さらによく写真と図面を見てみると、表面上は似ていても、敷地への解答として一つ一つの住宅を誠実に設計していることがわかる。

具体的な建物のよさは、言葉を並べるよりも実際に本を手にとって見ていただいたほうがいいだろう。日本の建築家の流れでいうと、「軽井沢の山荘」で有名な吉村順三氏の系列に位置づけられる。素材感を大切にし、日本人に適した比較的小さめのスケール感覚をもち、無駄のない空間に少し遊び心を加える。ディテールは複雑ではないが原寸大で丁寧に練っている。

ディテールのバランス感覚がとてもよい。目に見えるあらゆる線を減らしていく、というディテールは概して建築家の好むところだし最近は特に流行しているが、永田氏はすべての線を消そうとしない。残す所は残す。これは、長もちする/使いやすいという実用面と、緊張感が出すぎないという心理面の双方で効果がある。

ただし、地味ではあるが「野暮ったい」「ダサい」にならない美意識と寸法感覚を持ち合わせているので、心地よいのだろう。
「安曇野の家」(P.72-73)

「安曇野の家」(P.72-73)

庭の緑にもこだわりが強く、リビングと庭の関係のつくり方にはじまり、一つ一つの樹種(落葉樹・常緑樹をどう混じえるかなど)までしっかり考えられている。緑がある暮らしの心地よさは、この一冊でよくわかるはずだ。

飽きないこと

感性は人それぞれなので一概に言えないけれど、一般論として、主張が強いものは飽きやすい。

今からつくる家に三十年住むと仮定して、自分の三十年前を思い浮かべてみてほしい。ひょっとしたらまだ物心がついていなかったり、生まれていない人もいるかもしれない。三十年前から今までに一体どれだけの出来事を経験しただろうか?大げさな話になってしまうが、住まいというのはそれだけ長い時間を受け止める場所だ。

だからといって、飽きないように地味な家にしよう、という消極的な姿勢を勧めたいわけではない。

普遍的なよさというのは目につきにくいため、地味に感じられがちだ。けれども、設計上のこだわりが成されていれば、飽きがこないばかりか、住むほどに居心地のよさを感じられる家になる。

決して「地味だから居心地がよい」わけではない。「居心地のよさはわかりづらく、時として地味に見える」、そして「普通で地味で居心地のよい家は、時間に耐える普遍性をもつ」ということだ。

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この本では、永田氏の住宅6作をそれぞれ別の建築家が解説している(みな口を揃えて「永田さんの建築のよさは説明しづらい」と言う)。中でも、横内敏人氏はこんな風に述べている。

「永田さんはどのような主義主張やスタイルにも迎合することなく、どのような観念や形式からも自由な一人の建築家でありたいと願っていたに違いない。それにより、独特のわかりにくさ、説明の難しさはまぬがれないものの、ある主義やスタイルを意識し、それを貫こうとした途端、その表現があざとく、過剰になり、建築の品格を落とし、時代の変化と共に建築が消費されることになりかねない危険性を熟知するがゆえに、あえてそれをしなかった数少ない建築家の一人ではないかと思う。(P.69)」

その普通さと地味さは決して消極的なものではなく、普遍性を求めるという建築家の信念に基づいた積極的なものだったのだろう。

吉村順三氏のかつての言葉が、こうした建築のよさを端的に表している。

「真に芸術的なものを一言で表現しようとすれば、『品』ということに尽きると思う」
(出典:『建築は詩―建築家・吉村順三のことば100』)

三者三様の視点で語る

この本が面白く有意義なのは、実例を紹介するにあたって「(他の)建築家や専門家の視点」「施工者(工務店)の視点」「施主の視点」という、三方向からの解説が必ずセットになっているところだ。

建築家の語りは総括として面白いのだが、先ほど引用したようにやや建築論に偏りがちの、抽象的で難しい話もある。また、それらはあくまで完成した建築に対して語る言葉だ。

一方で工務店の言葉からは、永田昌民という建築家が、実際にどのようなスタンスで現場に立っていたかがよくわかる。氏が現場や大工と築いていた良好な信頼関係、現場の流れを保つためのレスポンスの早さ、指示の細かさなどが伺い知れて、興味深い。

長年住んだ施主の話も貴重だ。具体的にどういう要望を出したか、またそれにいかに答えてもらったか、どの程度の期間がかかったか、住んでみてどうだったか──といったリアルな話が聞ける。

全体の内容はやや同業者に向けられている感もあるが、あらゆる視点が混ざっていることにより、一般向けに書かれた本よりも“厚み”のある内容と言える。

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家づくりにおいて、どんな家にしようか、建築家に頼むか工務店に頼むか……などと検討するのは悩ましくも楽しい時間だ。その時に、ネットの情報で方向性を見定めるだけでなく、写真に現れない住まいの価値があることもこうした本で知っておくとよいと思う。
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