2018年7月の初め、名古屋市某所に3人の男たちが集まった。彼らは来る8月21日に誕生する「未来デザインラボ」の仕掛け人たち。このラボは、どうやら50年後、あるいは100年後の未来の風景をつくるため、これから様々な企てを仕掛けていくらしい。いったい彼らは何者なのか、何を目指しているのかを語り合ってもらった。
▽ 目次 (クリックでスクロールします)
未来デザインラボが立ち上がった経緯
未来デザインラボをひとことで言うと?
学生を巻き込んでいく仕掛け
未来デザインラボに期待するもの
司会(SUVACO編集長・松本):
2018年8月のオープンに向けて、「未来デザインラボ」が目下進行中ですが、このラボについては未だ全貌が謎に包まれています。そこで今日は、仕掛け人であるお三方にお集まりいただいて、未来デザインラボとは何か、何を目指しているのかを存分に語っていただきたいと思います。
その前に、皆さんが普段何をされているのかをまずはお聞きします。まずは発起人である間宮さんから。
間宮晨一千さん(まみや・しんいち、以下敬称略):
私は大きく分けて3つの活動をしています。1つは建築家として、建築・設計の仕事をしています。
2つ目は、大学の講師としての顔。私のゼミでは、主に観光の空間や人が賑わう場所についての研究を行っています。そしてもう1つ、「なごや朝大学」という社会人向け講座の運営に携わって、名古屋の魅力的なひと・もの・ことを紹介しています。
熊澤治夫さん(くまざわ・はるお、以下敬称略):
私は材木屋の4代目なんです。私が経営する株式会社ラ・カーサは1902年創業で、今年で116年になります。大量生産ではなく、一点ものと呼べるグレードの高い住宅を設計から施工まで手がけています。
また、住宅のほかにカフェやセレクトショップなどの店舗も運営しています。飲食店はお客様が集まれる場所としても活用しており、ラ・カーサで家づくりをされた方々をお呼びして、BBQなどのお食事会も催しています。
実はお米も作り始めているんです。日本で一番おいしいお米を作りたい。自分たちで精米して、パッケージして、ラ・カーサOBの方々に原価でお届けしています。家をつくって終わりではなく、その後の暮らしもつなぐ存在でありたいと思っています。
黒木武将さん(くろき・たけゆき、以下敬称略):
私はもともと金融業界の出身で、証券会社を経た後、ベンチャーとしてSUVACO(スバコ)を立ち上げました。金融業界では、大型の案件やグローバルな仕事もさせてもらっていましたが、どうも手触り感が足りないと感じるようになって、2013年にSUVACOを立ち上げるに至りました。
私自身、かつて家づくりを経験したときに、家に不満があってもどうしてよいかわからず、誰に聞けばいいかもわからない状況でした。こうした情報の混乱を解決できるなら、仕事としてもやりがいがあるし、新たなマーケットをつくれるのではないかと考えました。
サービスを立ち上げる前、いろんな方のお話をお聞きしたのですが、特に若い建築家のなかには先行きに閉塞感を抱いている方が多かった。そこで、家をつくりたい一般ユーザーと、それを実現してくれる住まいの専門家とをつなげるSUVACOというサービスを立ち上げました。
未来デザインラボが立ち上がった経緯
司会:
そもそもなぜ「未来デザインラボ」が生まれることになったのでしょうか?
間宮:
以前、不動産業をやっている父親の土地を題材に、
「未来の風景をつくる」という学生実施コンペを主催したことがあります。学生たちからプランを募り、実際に3棟の家づくりが実現しました。非常にやりがいはありましたが、難しいプロジェクトでもあり、自分たちだけでやる限界も感じたんですね。
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そこで今回、ラ・カーサの熊澤代表に、自分たちで何か社会に対して問いかけるようなプロジェクトをやれないでしょうか?とお声がけさせていただきました。
司会:
なんとも壮大なお題ですが、間宮さんからオファーを受けたとき、どうお思いになられましたか?
熊澤:
最初は何をやるのかな?と思いましたけど、拠点となる日進市や長久手市というのは日本で最も世帯年齢が若い人たちが住んでいる街なんです。自社の拠点としても、面白い場所だと思いました。
間宮さんは大学でも教えていらっしゃいますが、異色の先生だと思います。私自身は、ほかの建築学科の先生とも様々なお付き合いはありますが、家を作品と捉えることに多少の違和感を抱いてました。作品ではなく、家は「人が暮らしていくための器」、ひとり一人の家族があるということをラ・カーサでは大事にしています。その点において、間宮さんとは考えが一致しました。
間宮さんからこのお話をいただいた時に、大学の先生だからぜひゼミをやってほしいと言いました。若い人たちは5年後、10年後の顧客です。そういう人たちとコミュニケーションをとっていく必要があると感じました。
間宮:
大学で教鞭を執っていて常々思うのですが、建築学科では建築士の資格を取るために学ばなければならないことがたくさんありすぎて、今の学生たちはライフスタイルや暮らしを知る機会が不足していると感じています。ラ・カーサが扱っている家具など、センスのあるライフスタイルや暮らしの概念は大学ではなかなか教えることができません。日本の暮らしの貧しさはそこから来ている面もあるのではないでしょうか。だからこそ、未来デザインラボはそれらを学べる場所にしたいですね。
未来デザインラボをひとことで言うと?
司会:
徐々に未来デザインラボが目指すものが見えてきたように思います。とはいえ、まだこれが何なのかがはっきりしていないとも感じます。未来デザインラボをあえてひとことで表現すると何でしょうか?
間宮:
大人と学生とが、“共に実践する場”でしょうか。それと同時に、この3人が集まったからには社会に対して投げかけられる存在になりたいと思っています。自分たちが絶対に正しいとは思っていませんが、自分たちの感じている疑問を問いかける場にしたい。それを東京や大阪などではなくて、小さく遠い場所から始めることに意味があると思っています。
司会:
社会に対して問いかける存在とのことですが、それぞれがどのような役割を担うのでしょうか。
間宮:
自分はサポート担当、いわば調整役です(笑)。
熊澤:
いえいえ、とんでもない(笑)。
間宮さんやSUVACOさん、そして弊社ラ・カーサがこれまでに培ってきたものがあるとは思いますが、今までと違うものを生み出すときにはそれぞれの役割が入り乱れることが大事だと思う。お互いが入り乱れて触発されたり、普段と違うことを実験的にやっていくことが大事です。
たとえば20代前半の若者たちの半数は、土日は家から一歩も出ないというデータがあるそうです。ゲームやYouTube、ツイッター、メルカリやAmazonで買い物などして過ごしているわけです。我々おじさん世代からすると何をやってるの?と思うけど、若者にとっては違うと思います。ここから、今までとは違うものが生まれていく。未来デザインラボでは、こうした若者たちが自発的に発信するようなことが起きてほしい。
東南アジアの国によっては、夜はほとんど外食です。日本もいつかレンジでチンして食べるのではなく外で食べるような文化がスタンダードになるかもしれない。もしキッチンで料理するのが1週間に1回になったら、極端な話キッチンは必要なのか?という問題になります。こんな風に、住空間も今とは違うものになっていく可能性があると思います。
今と全く違うものは、20代の人たち、これからの若者が形にしていくもの。「今どきの子は」と否定的に言うのではなく、考えを取り込みながら一緒に取り組んでいきたいと考えています。
黒木:
SUVACOというサービスは一般ユーザーと住まいの専門家の両方と接点があるので、情報を収集したり発信したりする役割を担うことができると考えています。リノベーションや街づくりは一部の先進的な人たちがリードしている部分がありますが、一般の方々にこそ、「こんなことやっていいんだ」「こんなこともできるんだ」という気付きを与えることで、みんなが参加出来るんだよ、ということを伝えたいです。
間宮:
「未来の風景をつくる」というプロジェクトでは、学生たちが考えたことを大人が現実のカタチにすることができて、みんなに公園のように使ってもらえる風景が生まれました。この未来デザインラボでも、大人たちがロマンのある役割を果たし、かっこいい姿を学生や若い子に見せられたらと思っています。
学生を巻き込んでいく仕掛け
司会:
今後の具体的な動きとしてはどのようなことを考えているのでしょうか?
間宮:
第2回目となる「未来の風景をつくる」コンペを実施します。ただし、前回はあらかじめ敷地が決まっていたためそこに建物をつくるという前提でしたが、今回は建築に限らず、これからの未来の衣食住や職などについて、新しい形のアイデアを募りたいです。さらに今回は、東海圏だけでなく全国から募集したいです。
司会:
8月21日にキックオフイベントを行うそうですが、今後もこうしたイベントを行っていくのでしょうか。
間宮:
8月21日のイベントでは、
エイトブランディングデザイン代表の西澤明洋さんに「ブランディングからの視点」という講演をしていただく予定です。今後も、未来デザインラボ主催の出版イベントやライフスタイル誌との連携なども考えています。こうしたコラボイベントをやっていくことで、学生をはじめとする参加者に新たな視点を持っていただけるよう仕掛けていきたいと思います。
熊澤:
世の中は変わり始めています。今まさに変化している途中だと思う。ありとあらゆるものが出てきているのに、学生が学ぶ内容はあまり変わっていないし、その一方で、つくる家・設計する建物は10年、20年、30年後も使えるものでなくてはいけません。そもそもの前提条件から見つめ直す必要があると感じます。
特に若い世代が見つめないといけません。私たちの世代は見てみよう・やってみよう・聞いてみようの世界でしたが、家を出ないような若い人は自分たち同士でつながっていて、価値観や消費行動が全く違います。こうした若者たちと一緒に、30年〜40年使える家を考えることを今やらないといけないのに、まだ誰もやっていない。そのための場として、未来デザインラボがあります。ラボの真ん中にはキッチンがあって、デッキで外に出ることもできるので、みんなで集まってワイワイやりながら、学生の方たちとこうした話をして輪を広げていきたい。
間宮:
世界が広がってグローバルになればなるほど、「日本とは何か」というローカル性が大事になってくると思っています。学生にとっても、自分たちの暮らしや自分たちが何をやりたいかを問いかけ、日本の未来を考えることが大切になると思います。そうした視点を取り入れてほしい。
熊澤:
学生たちにも面白がってほしいし、建築業界のみならず違う視点の発想を持ち込んでもらいたいですね。
黒木:
人が集まる雰囲気ができて、ラボを中心にコミュニティができて意見交換が生まれるとよいと思います。住宅だけでなく、オフィスについて同じ悩みを持った人たちが集まり意見交換をする世界などが生まれても面白いのではないでしょうか。
熊澤:
実は、情報発信のためにモニターなどの設備を導入しました。日本中の学生が集まってモニターで話したり、動画を見ながらツイートしてもらったりと、双方向のコミュニケーションができるようになります。スクリーンに画像を流しながら、学生たち自身が楽しめるものにしていきたい。
未来デザインラボに期待するもの
司会:
では最後に、抱負をお願いします。
間宮:
社会が開かれてフラットになればなるほど、自分たちが何者であるかを問いかける必要が出てくると思います。愛しき未来の風景を、1000年先でも愛せる風景を今からつくりたい。100年という時間はまだ「人の営み」という感じがしますが、1000年というスパンはそれを超えて、「文化とは何か」、文化そのものを問いかけるスケールになってくると思います。未来デザインラボではこうしたことを投げかけて、日本の文化とは何か、どう暮らしていきたいのかを追究していきたいです。
熊澤:
昔、FAXが出たばかりの頃、一番乗りで買ったのですがまだ周りがどこも持っていなかったから、1通も届きませんでした。1年くらいたってから徐々に周りが使い始めて、ようやくFAXが届くようになりました。暮らしを考えるって、そのことと似ていると思うんです。今はまだ周りがついてきていない。
でも学生はそれでいい、まずは飛び出してみることが大事だと思っています。この未来デザインラボでは、従来の学校のようにお行儀の良いことを教えるのではなく、こんな風に絶えず飛び出してみるということを伝えながら、リアルなビジネスの傍ら、学生たちと飯を食って遊べて未来についての話ができたらすごく面白いです。そうした中から芽が出てきたらいいなと思っています。
黒木:
一般ユーザーが置いてきぼりにならないように情報を届けていきたいですし、住まいの専門家にもわくわくする気持ちを持っていただきたいです。やはり専門家が元気じゃないと、ユーザーが望んでいるものを提供できないと思うんです。さらにこれまでの常識を疑うことで、物を作らなくてもお客さんの役に立てるような新たなビジネスが生まれてくるかもしれません。こうしたことの積み重ねで、世の中に自分らしい家を増やしていきたいです。
熊澤:
後から振り返ってみたら、2018年が家づくりの転換期だった、ということにしたいですね。