2021/05/20更新2like3855view

著者:原 ふりあ

専門家フィーチャー

10年先の暮らしを想像し、見えてくる家の形|建築家・比護結子さんインタビュー

この記事を書いた人

原 ふりあさん

アトリエ系設計事務所に所属して住宅や大規模建築の設計を行うかたわら、自ら設計や執筆活動も行っています。一級建築士。

「SUVACOに掲載されている事例を取り上げ、設計した建築家にインタビューする」という企画の第二回目。お話を伺ったのは一級建築士事務所Ikmoを主催する比護結子さんです。

前回同様に、SUVACO編集部の松本さんを含めた三人でオンライントークをさせていただきました。取り上げた事例は「ナガレノイエ」「おかやまのいえ」「椿庵」(新築2つ・改修1つ)です。比護さんの住宅設計における確固とした理念が伺えるインタビューとなりました。

▽ 目次 (クリックでスクロールします)

お話を伺ったのは

一級建築士事務所 ikmo 比護結子さん

一級建築士事務所 ikmo 比護結子さん

建築家

人と人、人と自然が繋がる、心地よい空間をつくる女性建築家

周辺環境を引き込むように

原さん

原さん

「ナガレノイエ」は大屋根が特徴的ですね。土地探しからこの形状に至るまでにどのような経緯があったのでしょうか?
比護さん

比護さん

敷地は郊外の住宅地で、各区画が200平米ほどのゆったりとした土地割です。自然が好きなご夫婦なので、都心に通勤できる範囲で豊かな暮らしができる場所ということで選ばれました。

私たちの設計のスタンスとして、まず周辺環境を読み解くこと。それから、ハード面よりも「暮らし」についての話を伺い、それをもとにデザインをご提案しています。施主には10年先の暮らしまで想像してもらうようにします。

「ナガレノイエ」の場合は「家らしい家にしたい」というご要望がありました。家に帰ったときに「帰ってきたな」と思えるような家にしたい──というお話から、アイコニックな大屋根にすることは早い段階で決めていました。地形の高低差をそのまま引き込むように1階の土間をつくり、全体に大きな屋根をかけています。
比護さん

比護さん

また、内と外の境界を曖昧にして土間の半屋外空間を広めにしています。新しい住民として地域に馴染むのは少し難しいものですが、こういった場所があると地域の人が気軽に立ち寄れますし、そうして地域の方と関係性を築くことが一番のセキュリティかなとも考えています。

ここでキャンプ用品を乾かしたり、お子さんが遊んだり、ご飯を食べたり──と、もう一つのリビングのように使われています。

懐の深いテーブルと土間

比護さん

比護さん

中心にある3m×3mの大きなテーブルについては、施主が「散らかしっぱなしの机っていいよね」とおっしゃっていて、「それは楽しいね」と。床ともまた違うレベル(水平面)があるのはいいな、と思って設計しました。「ここまで大きくなるとは思わなかった」と言われましたが(笑)

家族が大きなテーブルの思い思いの場所で過ごし、程よい距離感で空間を共有している、という関係性が生まれたら良いと考えました。ダイニングでの食事、キッチンでの料理、小上がりでの勉強──といった周りの行いの一部がこのテーブルに属しているというイメージです。外周のコーナー柱をずらしたり、開口(窓)を調整することによって、さらに外側の空間までつながる広がりをつくっています。
比護さん

比護さん

それから、私はいわゆる“玄関”をつくらないことが多いです。

学生時代に民家の研究をしていたのですが、日本の古い民家には玄関がなくて土間なんですね。そこから考えて、小さな住宅に無理して小さな玄関を作るよりは「どこから入ってもいいよ」という形にしています。
原さん

原さん

今回取り上げる3つはいずれも広い土間をもつ設計だったので、比護さんご自身の経験にルーツがあるのかなと気になっていました。民家の研究がその一つなんですね。
比護さん

比護さん

そうですね。農家の見学や実測調査を多く行ってきました。日本人がそうした住宅で長く暮らしてきたということは、そのスタイルが日本の風土に合うということではないかと思っています。

私の作品はテイストが一貫していないと言われることがありますが、敷地や住む人が違うのだから、毎回違ってよいと思っています。唯一共通しているのが土間で、これは施主に共感していただけることが多くて、結果として共通点になっています。

屋根形状を活かした合理的な構造

原さん

原さん

毎回新しい挑戦をされていると、例えばこの大屋根の構造のように、そのたびに難しいことがあると思いますがいかがでしょうか?
比護さん

比護さん

「ナガレノイエ」は(図1のような)キの字状にトラス(※)を組んでいます。この構造のおかげで1階コーナーの柱を抜くことができるし、大開口も実現できます。またトラスを組むことによって8mというロングスパンでも部材のサイズを小さくすることができています。

(※トラスとは、三角形を基本単位として構成する構造形式のこと)
(図1 ナガレノイエ構造ダイヤグラム)

(図1 ナガレノイエ構造ダイヤグラム)

比護さん

比護さん

小さな住宅であっても構造設計事務所(※)と一緒に考えていきます。「こういう空間をつくりたい」という意図を読み解いて考えてくれるエンジニアと一緒に、形にしていきます。今回は三角形の大屋根を活かした合理的な構造にしました。

(※構造設計事務所とは、建築物の構造設計/デザインを専門に行う事務所のこと。建築家は構造設計事務所に構造設計を依頼する場合がある)

減築により明確になった構成

原さん

原さん

構造の話ですと、改修された「おかやまの家」は減築をされていますね。
比護さん

比護さん

もともとは(図2のように)大きな住宅でした。耐震補強も含めた改修費用を減らし、新しく住む夫婦の生活に合わせるという意味でも減築をご提案しました。
(図2 おかやまのいえ既存平面図)

(図2 おかやまのいえ既存平面図)

比護さん

比護さん

減築後に残した下屋(※)は、寝室や水まわりといった機能性の高い小空間にしました。壁量を確保して断熱をしっかり行っており、構造的にも環境としても家を支えています。

一方で、(以前は下屋にぐるっと囲まれていた)母屋は、開口部を多く開けることで外の環境に近づけています。完全な冷暖房はせず、ストーブと土壌蓄熱式の床暖房でゆるく空調しています。

(※下野[げや]とは、母屋[おもや]に付随する屋根及びその下の空間のこと。図2と図3の緑色部分)
(図3 おかやまのいえダイヤグラム)

(図3 おかやまのいえダイヤグラム)

ご近所との関係性を引き継げるように

原さん

原さん

母屋と下屋で差をつけるというのは合理的ですし、母屋の真ん中に吹き抜けがあるといったように空間的なメリハリが生まれる点もいいですね。
比護さん

比護さん

この建物はもともと施主のおじいさんが住んでいた家です。背面が山になっていて、親戚の方が使う畑があり、敷地内を近所の人が通ったりするんですよ。

おじいさんはご近所との交流を下屋部分でされていたようですが、減築によって抜けをつくり、交流の場を母屋にもっていきました。周囲との関係性を丁寧に引き継ぎながら、母屋と下屋の役割を反転させているような感じです。下屋をしっかり閉じられる空間にしているため母屋は安心して外に開けます。
(おかやまのいえ断面スケッチ)

(おかやまのいえ断面スケッチ)

原さん

原さん

古い家を住み継ぐにあたって施主からはどのような要望があったのでしょうか。
比護さん

比護さん

最初は、新築と改修の二つの案をご提案しました。改修の場合、耐震補強や瓦の葺き替えなどで意外とお金がかかりますので、「新築とコストは同じかそれ以上かかるかもしれない」というお話をしました。すると「(コストが)同じなら残したい」とご親戚含めて意見が一致したようです。

改修後も20〜30年はもたせたいですし、さらにその先も改修やメンテナンスによって存続させられるようにと考えると、できれば新築並みに費用をかけてほしいとお願いしています。
原さん

原さん

比護さんにとって、新築と改修では設計における考え方の違いがありますか?
比護さん

比護さん

最初に「周辺環境を読み解く」というお話をしましたが、改修の場合、既存の建物も環境の一部と捉えています。そこにどのような良さがあり、何を克服しなければいけないか。(新築と)同じように読み解き、新しい空間をつくるという意識があります。プロセスとしては変わりませんが「周辺環境に既存建物まで含まれる」という感じです。
比護さん

比護さん

この家も玄関がないですね。中心の土間には大きな犬がいて、ストーブがあり、ハンモックを吊るしたり小上がりに腰掛けたり……お客さんも頻繁にここに来るようです。
比護さん

比護さん

いわゆる「リビング」という部屋をつくらないことも多いです。この土間がリビングでもあるし、小上がりの畳でゴロゴロすることもできます。奥には元々応接間として使われていた部屋をラウンジとして残していますが、ソファとテレビを置いていて、リビングといえばリビングのようです。

既存を残した障子(下の写真)を閉めると、土間側がより外に近い空間に変化します。
原さん

原さん

その時々の状況や気分に合わせて、過ごしたい場所を段階的に選べるというのはいいですね。

ちなみに、この梁(下の写真)は既存ですよね。素晴らしいですね。
比護さん

比護さん

もともと天井裏に隠れていたんですけど、調査のときに覗いてみたら「なかなかセクシーな梁があるね」ということで(笑)、そのまま現すことにしました。

どうしても欲しかった茶室の実現

原さん

原さん

「椿庵」は、他の2つに比べてかなりコンパクトな敷地になりますね。
比護さん

比護さん

はい、こちらは土地を買われてから相談に来られました。もともと転勤族だった方で、お子さんも大きくなられて定住したいということでした。

依頼のはじめが「お茶室つくれますか」で……家族や生活よりもまず「お茶」だったんですね(笑)茶室の設えには費用がかかるので、予算的に難しいと最初はお伝えしました。でも、生活面では比較的柔軟に建築に合わせられる方だったので、じゃあやってみようかと。

施主が床柱(とこばしら)用の椿の木や、(古民家に使われている)煤竹(すすだけ)をご実家近くで用意してきてくださって。協力してくれる工務店も見つかったので一緒に形にすることができました。
比護さん

比護さん

お茶の作法では「広間」という四畳半以上の茶室と「小間」という四畳半以下の茶室では違いがあり、両方に対応するためには四畳半で茶室をつくることになります。でも、四畳半って住宅の中では使い勝手が良くないんですよね。だから、八畳のちゃんとした広間、二畳の小さくても本格的な茶室──と分けることにしました。
比護さん

比護さん

1階は広間の周りが土間になっていて、キッチンやダイニング、勉強机、水屋などを入れています。真ん中に余白のように広間をつくっている形です。

この八畳広間がくつろぎの場所になったり、段差に腰掛けたり、親戚の方が泊まったり、夏は子どもの寝室に──という多目的な空間として使われています。それによってこの小さな家が成立しています。六畳だとそのゆとりが出ないですし、四畳半ではなおさら難しいですね。

旗竿敷地を活かした構成

比護さん

比護さん

茶室というのは一般的には(建物内の)奥につくるものですが、「お茶の教室をしたい」というお話や「(ご主人が)仕事から帰ったらお帰りの一服を出したい」というお話があったので、じゃあお茶室玄関にしましょうか、と一番手前に持ってきました。

旗竿敷地なので外からはこの茶室しか見えません。茶室が家の顔になり、そのまま路地状の土間に続き、奥の庭までずっと道がつながっていきます。
原さん

原さん

小さな住宅の部類に入ると思いますが、窮屈に感じないというか、いろんな場所があるのが楽しそうですね。外の路地を内側に引き込む感じも、猫がそのまま入ってくるような感覚で……。
比護さん

比護さん

土間は天井高さを3m弱と高めに設計しているので、より外らしく感じられますね。土間の格子天井の上、2階はサンルームになっています。共働きのご夫婦ですから洗濯物を干す場所として、また屋根面からの採光を1階まで届ける役割も果たします。

旗竿敷地だと光を採りづらいですが、周囲の家の高さが低くなっている方向に窓を開けたりと工夫しています。東西にけっこう風が抜けますね。
原さん

原さん

ほか2つの住宅も含めて「抜け」を大事にされている気がします。
比護さん

比護さん

そうですね、特に小さな家の場合は、床面積ではなくて「どこまで視線が通るか」が感覚的な広さになると思うので、視線が届く距離をコントロールしています。
原さん

原さん

1階も突き当たりの庭が抜けていることで広く感じられますね。
比護さん

比護さん

外壁の色は椿を意識して赤色にしていますが、庭面だけ外壁を白色にしているので、(光が反射して)より明るくなります。

10年先を想像すると見えてくる

原さん

原さん

先ほどは「毎回(設計のスタイルが)違う」とおっしゃっていましたが、住宅を設計したり生活を考えるにあたって大事にされていることはありますか?
比護さん

比護さん

やっぱり、暮らす人にとって何が大事かを考えて、それをその場所でどうつくっていくか──が大事だと思います。

椿庵の場合は、2人の娘さんがお母さんとすごく仲が良いんです。以前の家でも階段に座ってずっとお喋りしていたそうです。そういった時間を大事にしたいので、小上がりに娘さんが座ってお喋りできるかな、と考えたりします。
原さん

原さん

今こうだからというだけでなく、先ほどおっしゃっていたように10年後までイメージされるということでしょうか。
比護さん

比護さん

そうですね。打ち合わせだとみなさんかしこまってしまうので(笑)、「この先の10年を想像しながら暮らしてみてください」と宿題を出したりします。夫婦でもそういう話ってあまりしないものですが、想像するだけで、気持ちも要望も変わっていきます。ほとんどの方が最初の要望から変わります。

比護さんらしさとは?

編集部 松本

編集部 松本

比護さんはスタイルやテイストがいつも違いますが、どこかに同じ濃さというか「比護さんっぽさ」を感じるんです。それが何なんだろう、という疑問が個人的にありました。今日のお話を聞いてわかったような、でもまだわからないような(笑)
比護さん

比護さん

強みかどうかはわからないのですが……引っ越して、モノが入って、人がいて完成すると考えています。建築の方はすこし引っ込め、要素を減らしている状態です。その後(の暮らし)を想像しているのでそれでいいかなと思っているのですが。

だから「らしさ」って自分でもあまりわからないというか、あまり出さないようにしているというか……。
編集部 松本

編集部 松本

それでもにじみ出る、出てくるものが何かあるんでしょうね。影響を受けた建築家などはいらっしゃるんですか?
比護さん

比護さん

大学院(東工大)時代の師匠の師匠が清家清(せいけ・きよし)で、設計した住宅を見せていただいたりしました。
編集部 松本

編集部 松本

やっぱり。『私の家』(清家清の自邸)のような要素がすごくありますよね。
比護さん

比護さん

例えば、清家先生は開口部の開け方が日本建築的です。壁に穴を開けるというよりは柱と柱の間を開口にするというようなつくり方。無意識ですが影響を受けていると言われることはあります。
編集部 松本

編集部 松本

僕は『私の家』がすごく好きなので、共通するものを比護さんの建築に感じるのかもしれません。

すべてにきちんと理由がある

原さん

原さん

実際にお話を伺ってみて、私(原)の個人的な印象として感じたことは、比護さんはすべての設計にきちんとした理由を与えている方だな──ということです。

その理由には様々なパターンがあるようです。あるものはご自身の学びに基づいており、またあるものは構造的・機能的・経済的な合理性であり、そして、最も大事にされている「住む人の暮らし」という場合も。

ばらばらな理由をまとめあげて無理のない心地よい家をつくるというのは、実はとても難しいことです。

明確な理由で構成されている住宅それ自体だけでなく、比護さんご自身にも、しっかりと通った芯の強さを感じました。
対応業務 注文住宅、リノベーション (戸建、マンション)
所在地 東京都江東区
主な対応エリア 埼玉県 / 千葉県 / 東京都 / 神奈川県 / 鹿児島県
目安の金額

30坪 新築一戸建て3,000〜6,000万円

60平米 フルリノベ1,200〜3,000万円

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この記事を書いた人

原 ふりあさん

アトリエ系設計事務所に所属して住宅や大規模建築の設計を行うかたわら、自ら設計や執筆活動も行っています。一級建築士。

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