専門家による記事：愛犬が主人公（建築主）となった家づくり | 米村和夫（建築家）

よって、最初の建築主（人）との出会いから愛犬は同席です。この建築主（犬）が胴長犬のコーギーのくーちゃん。建築主（人）は自分たちの事を僕により知ってもらおうと、くーちゃんとの数多くのスナップ写真付きのファイルを持参して来ました。やはりくーちゃんが主役です！そこで「愛犬目線で家をつくる」というコンセプトが生まれました。

くーちゃんの目線でプランをつくってみよう。くーちゃんの立場で各スペースを検討してみよう。くーちゃんが楽しく、そして心豊かに過ごせる家とは？設計者としてテーマが特殊であればあるほど、建築主が個性的であればあるほどやりがいがでます。

建築主と僕との共通のキーワードがもう一つありました。リュックを背負って世界を自由に旅するバックパッカーというスタイルの“旅人”であることです。旅の魅力は未知なる世界との発見と出会いと感動であり、この感覚を建築に取り入れる事を僕はライフワークとしています。

そこで、「愛犬目線」と「旅人目線」の２つのコンセプトが交錯し融合することで魅力的な建築と生活と価値観が生まれると思いました。

さて、プラン作りの話しを紹介しますが「どの場所にいても家全体が見渡せる様にしたい」「上下階のつながりがあるようにしたい」「上下階をゆるやかな階段でつなぎたい」「家の中を走り回りたい」「使用する建材はくーちゃんに優しい物にしたい」「くーちゃんの行動にバリアがないように」それ意外にも数えきれない要望について何日もかけて意見交換をしました。

そして出来たのが「ロの字型プランの中庭のある家」です。中庭を囲む２つの建築物のボリュームは階段になります。胴長のコーギーのくーちゃんでも負担無く上り下りができる緩い勾配の回廊スタイルの階段。中間ポイントに約1m四方の踊り場を設けました。この下に道路から家に出入りする門扉があるのです。留守番の一日もここで道行く人々を観察出来て楽しそうだと直感、実際にくーちゃんの一番のお気に入りの場所になっています。

中庭プランは「外部に対して閉じ、内部に対して解放する」が基本。プライバシーの確保が主目的であり中庭に面して解放します。回廊階段はくーちゃんの目線で低い窓を設けお互いの位置が把握出来るようになってます。

階段が緩く長くなると遠回りになる、面積がもったいないとネガティブに感じる人もいると思いますが、ここが「旅人目線」の発想なのです。バックパッカーの旅のコンセプトは自由に自分のペースで旅する事！回り道をしてもプロセスを楽しみます。

この回廊階段を旅のギャラリーと位置づけました。外断熱の採用により壁の中を「棚」にすることができます。そこに今までのくーちゃんとの数々の旅の思い出グッズや写真、建築主（人）が海外放浪し収集してきたコレクションやポストカードを展示する事が出来ます。毎日このギャラリーを通るなんて楽しい！そんなアイデアが膨らみ“まわる家”の骨格ができました。

夏にはゴーヤのグリーンウォールが出来る中庭は，ミニ家庭菜園があり作業をしながらくーちゃんが庭を走り回ります．もちろんお湯のシャワーのでる足洗い場付きです．

玄関に入ると、土間空間があります。猛暑の夏はここで寝っ転がると気持よく、くーちゃんにとって夏のリビングになっています。人のいる2階のリビングと吹き抜けを介してつながっているので、いつでもコミュニケーションがとれ、お互いに不安がありません。2階からの落下防止対策は手摺の下部にガラスをはめ込む事で安全性を確保しています。

洗面所にはくーちゃん専用のトイレがあります。設計者が設計図を描き、大工さんが下地をつくり、FRP防水を施工した、くーちゃんのためだけにつくった掃除も簡単なお湯の出るシャワー付きのトイレです。洗面のシンクは広く機能的な学校の理科室の実験用流しを採用。ここでシャンプーもできる多目的洗面カウンターです。

各ドア全てにくーちゃんが出入り出来る小扉を設置しているので自力でトイレに行け、閉じ込められてしまう事もないです。

食事は全てこだわりの手づくり！キッチンにはくーちゃん専用の冷蔵庫もある事はここだけの内緒の話しです。

床材の選定も数多くのサンプルから意見交換をし、足の負担に少ない柔らかさとコストパフォーマンスと好みから2階にメープル無垢、1階にカバ桜無垢の幅広材のB級品を格安で入手し採用。ワックスはくーちゃんが舐めても安心な自然系の蜜蝋ワックスを採用。コストダウンのイベントとして事務所スタッフと建築主（人）みんなで現場に夜に集合し塗った事も良い思い出です。