家づくりを前に、「何から始めていいかわからない」と途方に暮れる人も多いかもしれません。情報を集めて知識を得ることも大切ですが、頭でっかちになりすぎると、かえって「いい家」から離れてしまうこともあるものです。
家は、暮らすところ。家族の時間を過ごす場所。本来の目的を見失うことのないよう、自分なりの判断軸を築いて安心・納得して決断できる備えをしませんか。
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人も、家も、年をとる
「なぜ、家をつくるのですか」
プロの引き出しを開けよう!
人も、家も、年をとる
家づくりを考える人の多くは、30歳代から40歳代。家族形成期にあたり、家族がもっともパワーみなぎる時期にある場合がほとんどです。ここで家をつくるということは、必然的に「家族の最大値」が照準となり、家の大きさやつくり、デザインなどにも影響します。
ただ、この「最大値」はほんの一時。ここに照準を合わせすぎると、そのあとの家族の変化に家がついて来られなくなることがあるのです。
例えば、小学校入学を機に家を持つと、12年後には子どもが巣立つ年頃になります。50歳前後で子どもたちが親元を離れたとすれば、その後30年・35年と長い年月を夫婦ふたりで暮らすことになるわけです。つまり、この家で暮らす時間の2/3以上は夫婦ふたり暮らし。となれば、家をつくる時には子どもが巣立った後の長い長い歳月にも、もっと目を向ける必要があるはずです。
年月は、家族構成の変化だけでなく趣味や嗜好にも変化を与えます。10年前の自分の写真や手帳を見て赤面することがあるように、今は「当たり前」と思っている感覚がまるで違うものになることだってあるのです。
日本の家は、欧米に比べ寿命が短いと言われますが(日本は30〜40年程度なのに対し、欧米の家の寿命は60〜80年程度)、これは構造や性能など物理的な理由だけでなく心理的な理由が大きいのも事実。直せば十分住み続けられる場合でも、本音を聞けば「古くさい」「好きじゃない」など、愛着のなさが浮き彫りになることもしばしばです。家族の変化に応じて住み替える文化のある欧米と違い、ひとつの土地に土着して暮らすことの多い日本では、建築時の趣味や流行を反映しすぎると建物の寿命を縮めることにつながるのです。
家はあくまで「シンプルなハコ」と捉えて趣味や個性を埋め込みすぎず、可変性のある普遍的なデザインを求められたら、自ずと家の寿命も伸びるはず。趣味や嗜好・流行は、容易に変えられるインテリアで反映させればいいのです。
大事なのは、「今を見すぎない」こと。自分より10歳・15歳上の年代の人の暮らしをのぞいてみると気づきがあるかもしれません。その上で、親の暮らしを観察してみるのもひとつです。「ずっと先のことだから」と線を引かず、頭の隅においておくだけでも家の見方は大きく変わります。
「なぜ、家をつくるのですか」
家づくりの情報に触れ、たくさんの事例を見るようになると、キッチンやタイルの色、床の素材、付属設備の機能など、家を構成するパーツにばかり気を取られ、いつしか“家づくり”が“モノ選び”に陥るケースもしばしばです。家は、日々暮らす場所であり、家族とともに過ごす場所。どんな時間をどんなふうに過ごすかは、家族の時間そのものを意味しますし、もっと言えば人生観が表れるところでもあります。
そもそも、なぜ家が欲しいのでしょう。どんな暮らしを思い描いているのでしょう。
ここをしっかりさせておくと、我が家ならではの「ブレない判断軸」ができ、決断を迫られる場面でも自信を持って根拠ある決断を下すことができます。
まずは暮らしのイメージを膨らませてみてください。
のびのび快活に過ごしたいか、静かにゆったり過ごしたいか。休日は、積極的に外出したいか、家で過ごしたいか。朝の時間、夕暮れ時、食事の時間、食後の時間。様々なシーンを思い浮かべながら、「どうしていると幸せか」を家族で話し合ってみてください。
暮らしのシーンが共有できると、パーツにとらわれない「自分たちにとって、いい家」が見えてくるはずです。それが明確になれば、目に留まる写真や情報も変わるでしょうし、依頼先選びの着眼点も変わります。自分たちの望む暮らしができそうか、価値観を共有できそうか、信頼・期待をもって協働できそうか。そんな視点が持てるようになれば、自ずと自分たちに合った家づくりのパートナーに出会えるはずです。
家をつくるうえで叶えるべきは、「雑誌で見たあのキッチン」でも「インスタで見たあの洗面台」でもありません。「家族が望む日常がそこにあること」です。
モノよりコトに意識が向き、より柔軟に家づくりと向き合えるようになれば、準備は万端。いよいよ家づくりを始める段階です。
プロの引き出しを開けよう!
他人が見ても惹かれるような「いい家」は、施主のこだわりがあからさまに見えることがありません。とはいえ、施主は満足し、心ゆたかに暮らしています。こうした家では施主自身がプロとの付き合い方をよくわきまえていて、依頼のしかた・伝え方が総じてうまいものです。自分の望むことを伝えながら上手にプロの力を引き出し、二人三脚でつくりあげているのです。
一方で、「寝室は8畳」「クローゼットは3畳」「タイルはこれを」「取っ手はこれを」と具体的な指定を山のように伝える人もいます。全ての要望が叶えば満足度が高いように見えますが、必ずしもそうとは限りません。むしろ提案されたものを受け入れた場合より、満足を感じる期間が短いケースが多いほど。つまりそれは、「達成した」という満足であって「結果が良かった」というわけではないのです。
だからと言って、要望を言わない方がいいと言うことではありません。伝えるにはコツがあり、伝えるべきこととそうでないことがあるのです。
空間をつくるプロは、施主が指定するものを言われた通りそのままを形にすることもできますが、目的や意図を明確に掴むと、依頼主の頭の中の想像をはるかに超え、思ってもみないアプローチで提案してくれるものです。
「寝室は8畳欲しい」。こう伝えれば、素直に8畳の寝室ができるでしょう。でも、「寝る前の読書の時間は自分にとって至福のひととき。だから、寝室にはゆとりが欲しい」と伝えれば、設計者の頭の中にはただ「8畳」と指定されたときよりも具体的なストーリーが描かれて、知識や経験の詰まった引き出しから様々なアイデアが出てくるはずです。それは必ずしも8畳ではないかもしれないけれど、「8畳の寝室」以上の空間になるかもしれません。施主はそれに対してイメージを膨らませ、YESかNOか判断し、意見を言えばいいのです。
プロの引き出しには、たくさんの情報と経験、アイデアが詰まっています。それは、家づくりを前にした施主が数ヶ月勉強したのではまったく太刀打ちできない情報量です。ただ、それを開け、最大限に活用できるかどうかは施主次第。ただ施主の言いなりでつくるだけであれば、その引き出しが開くことはないのです。
カギは、前述の家族で話し合った「どう暮らしたいか」「どんな時間が幸せか」「どんな日常を思い描いているか」という具体的なストーリーと、家族の人物像です。自分の選んだ設計者を信頼し、思いを伝えたら委ねるべきは委ねる。そんな姿勢が設計者のプロ魂に火をつけ、設計と施主二人三脚での家づくりが叶うはずです。
家は、暮らすところ。家族の時間を過ごす場所。それを忘れず、ブレることのない判断軸を築いたら、必ずメモに残しておきましょう。いつか悩むことがあったなら、それが助けとなることがあるはずです。