ロンドンを歩いていて、途中、「この建物いいな」という瞬間が何度かある。気になった建築の名前を胸ポケットに書き留めておいて家に帰ってから調べると、ある共通点があることに気がついた。その多くがジョージアン様式なのである。さて、ジョージアン様式ってなんだっけ?今回は、いくつかのお気に入りの建築とともに紹介したい(といっても、難しいことは書けない)。
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18世紀の文学者、サミュエル・ジョンソンの言葉を借りて
サマセット・ハウスで沈思黙考
冒険心をくすぐるサー・ジョン・ソーンズ美術館
18世紀の文学者、サミュエル・ジョンソンの言葉を借りて
誰もが一度は引いてみたくなるフレーズがある。「少年よ大志を抱け」とか「人間は考える葦である」とか、そういうもの。有名なフレーズであればあるほど手垢がついて逆に引用を控えたくなるものだけれど、グッとくる言葉、後世に残る言葉というものにはそれなりの理由があるわけで、僕にとっては次の文句がそのひとつになる。
「ロンドンに飽きた者は人生に飽きた者だ」
スルメのごとく、何度しがんでも味が出るこの言葉。ロンドンに住む年月を重ねるたび、その的を射た表現に感心してしまうのだ。そして、僕は今のところロンドンにも人生にも飽きていないのだけれど、サミュエル・ジョンソンのこの言葉がいつも頭のどこかに引っかかっていて、そんなつもりもないくせに「この街を出るときはおそらく後ろ髪を引かれることになるのだろう」とロマンティックに考えている。
サマセット・ハウスで沈思黙考
サミュエル・ジョンソンは18世紀をまるまる生きたイギリスの文学者であり、詩人である。すなわち、彼の見た「飽きないロンドン」とはジョージアン様式の建物が並ぶ景色ということになる。
ジョージアン様式は、英国ハノーバー朝ジョージ1世から4世までの時代(1714年から1830年)の建築やデザインに見られたスタイルのことを指す。前期はバロック、中期はロココ、後期は新古典主義に大別されるようだ。残念ながら僕はこの分野での専門知識を持ち合わせておらず、これ以上書くとボロが出そうなので、このあたりにとどめておく。ただ、いろいろと調べていると僕の好きな建物の多くがこの時代に作られたものであることに気がついた。そういったわけでそのいくつかを紹介してみようと思う。
まず、ジョージアン様式の代表格とされているのがサマセット・ハウスだ。ロンドン中心部、テムズ川の北岸にあって、冬にはスケートリンクが設置されることでも有名だ。1776年に着工し1801年に完成したというから、後期ジョージアンの建物ということになる。中庭の大きさは圧巻。中央に勇み立って、白い壁にぐるりと囲まれた時の没入感といったらない。とりわけおすすめなのが併設のコートールドギャラリーで、ここには教科書に載っているような名画がいくつか飾られているのが特徴だ。その一つが、マネの『フォリー・ベルジェールのバー』。僕はこの絵に一目惚れしてしまって、以来、辛いことがあると出かけていって、名画の前のソファで30分ほど沈思黙考することにしている(笑)
冒険心をくすぐるサー・ジョン・ソーンズ美術館
次にサー・ジョン・ソーンズ美術館を紹介したい。ここは、ロンドンに数ある美術館のなかでも穴場中の穴場で、しかも無料。日本ではあまり知られていないことがもったいないくらいだ。残念ながら中は撮影禁止なのだけれど、一歩中に入れば、その厳かな雰囲気と素朴ながら美しい調度品の数々に圧倒されることうけあい。地下には大英博物館に負けず劣らずの美術品や、考古学的に見ても重要だと思われるエジプトのなんやかやが所狭しと陳列されていて、訪れる者を飽きさせない。とにかく、小さい美術館ながら「密度」が濃いのだ。いったいどこがどうジョージアン様式なのかは置いておくとして(浅学をお許しいただきたい)、ロンドン滞在中に一度は訪れてほしいスポットだといえる。
それから、最後にバーリントン・アーケードについてふれておきたいと思う。繁華街ピカデリーサーカスから西に徒歩5分。ロンドンで最初の、そして最も長いアーケードだ。全長178メートルもあり、老舗の宝石店や洋服店が軒を連ねる。天井から差す陽の光に、各店先の年季のはいった木の玄関が照らされて、さながらタイムスリップしたかのような感覚におそわれる。ステッキを片手に山高帽をかぶった口髭の紳士が今にも出てきそうな空間だ。
このように、3つの場所を見ただけでもサミュエル・ジョンソンの言葉が正しいことがお分りいただけるのではないだろうか。いま見ても飽きないのだから、当時の人がジョージアン様式の作る景色に飽きることなど、われわれに想像できるはずもないのだ。