2020/03/05更新2like5768view

著者:原 ふりあ

家づくりでもっとも大切なこと─ル・コルビュジェ『小さな家─1923』を読んで

この記事を書いた人

原 ふりあさん

アトリエ系設計事務所に所属して住宅や大規模建築の設計を行うかたわら、自ら設計や執筆活動も行っています。一級建築士。

住宅の設計を続けてきた一人の建築家として、住まいや暮らし、そして広く建築について考えたことを書いていきたいと思います。今回は、一冊の本をご紹介しながら「家づくりでもっとも大切なことは?」というお話を。

▽ 目次 (クリックでスクロールします)

家をつくるというのは、一大事だ。

もし、家を新築しようと、あるいは中古物件をリノベーションしようと決めたとしても、さらに決断すべきことは山ほどある。予算、立地、面積、構造、間取り、素材、設備……。

「家づくりは楽しいですよ」と心から言いたい、けれども同時に「家づくりには体力が要りますよ」というのも本音である。例えるならそれは長距離マラソンのような耐久レースだ。短くて数ヶ月、長くて数年。選択の期限に追われることがおそらくある。思い通りにいかないこともきっとある。そのレースを完走した建主の顔に浮かぶ喜びの表情には、単純に「いい家ができた」という感慨だけでなく「“やっと”いい家ができた」という安堵も感じられて、設計した側もそれが嬉しい。

では、家づくりにおいてもっとも大切なことは何か?と聞かれたときに、私はこう答える。「『こんな家にしたい』というイメージを育て、見失わないこと」。それは設計する人間として常にもっているイメージだし、建主であっても同様に抱ける──抱くべきものだと思う。

学生時代の自問自答

まだ私が学生だった頃、どのような建築を設計していくべきか?と自問したことがある。

世の中には数多くのビルディングタイプがある。例えば美術館、ホテル、オフィスビル、教育施設、集合住宅……というような分類だ。そしてそれ以上に、無数の個性や理念を、世の建築(や建築家)はもっている。ひたすらに透明感があることを良しとしたり、逆に重厚感を求めたり、街とつながっていたり、閉鎖的であったり、自然素材を大事にしたり、人工素材を巧みに使ったり、形態が有機的だったり、無機的だったり……挙げれば本当にいくらでもある。

当時の私は、このまま建築学生として流され続けては、流行りの建築を追いかける羽目になりそうだ、という危機感を抱いていた。

考え続け続けて出した答えは、「モノとして愛おしい建築、特に住宅をつくりたい」という単純明快なものだった。

難しい設計理念やコンセプトを形にするよりも(実は当時こちらのほうに傾倒していた)、ただ視覚的に美しく、心地よく、幸福感で溢れ、手触りがよい……思わず写真に撮って自慢したくなるような、“モノ”として愛せる建築を追求をしたいと思った。それを「住宅」という、人の営みに直結した建築の中に探したい、と。そのような住宅に暮らすことが人を幸せにするのだと信じた。

ル・コルビュジェの、建築家として、そして息子としての理想

この『小さな家』は、巨匠建築家ル・コルビュジェが自分の両親のために建てた住宅について記録した本である。

本を読むとわかるとおり、彼は、建築家として異色のプロセスを踏んだ。先に理想の住宅を設計し、その図面をポケットに入れて、ぴったりの土地を探し歩いたのだ。普通は逆で、いい土地が見つかったらそこを購入し、土地に合わせて建物を設計していく。

コルビュジェの頭の中を覗き見ることはできないが、私はこう解釈した。彼には成し遂げたいことがあった。一言でいえば「理想的な小さな家をつくること」なのだが、それは二通りに言い換えられる。一人の息子としては「快適に暮らせる住まいを両親にプレゼントすること」であり、一人の建築家としては「新しい最小限住宅の形を探求すること」であった。

だから、土地にこだわらなかったというのではなく逆に、土地にも非常にこだわったのだ。水平(横方向)に長くのびた窓の先に広がる湖の眺め、通り抜ける風、太陽を受ける角度、程よく静かでアクセスのよい立地。彼にとって二重の意味での挑戦だったからこそ、理想の土地もセットで設計してしまったのだろう。

スイス・レマン湖 「小さな家」を訪れる

スイスはレマン湖のほとりに建つこの「小さな家」を、実際に訪れたことがある。コルビュジェの住宅で最も有名と思われる「サヴォア邸」(パリ郊外)も見学したが、この「小さな家」のほうに、私はより感銘を受けた。

その住宅は、手中に納めて大切にしておきたいような、設計者の愛に溢れる建築だった。小さいがゆえのシンプルな構成や形態も手伝って、コルビュジェの「息子として」そして「建築家として」の二つの理想が、まっすぐに届いた。

難しく考えて見る必要はない。美しい湖のほとりに建つ住まいは、見るものに素直な憧れを抱かせる。平屋というのもいい。ここでお茶を飲んでみたいと思わせる、庭の二人用テーブルと椅子。水平に連続する窓──ここは絶対に譲れなかった見せ場だろう──のせいで若干落ち着かないかなぁという間取りもあるが(主寝室が通過動線になっていることなど)、私はこれでよいと感じた。全てが完璧な住宅というのは存在しない。正しい優先順位を守ることが大切なのだ。

ここは、学生時代の私が理想とした「愛おしいモノとしての住宅」の一つの完成形だった。

「こんな家にしたい」という理想を育てよう

住まいづくりという長距離走で無数の選択と対峙する際に、自分の中にしっかりとした「こんな家にしたい」という理想ができていると、「今はここを大切にするべきだ」という判断ができる。

そのイメージは「これが正解です」と写真や言葉で伝えられるものではない。人によって求めるものはさまざまで、そして、自由だからだ。自由だからこそ、まずはその理想を漠然と育ててみてほしいなと、常に考えている。

私自身が、かつて見つけた単純な答えをいつも忘れずにいること。そして具体的にはコルビュジェの「小さな家」のような名建築に、しばしば立ち戻っていること。こうした経験はもしかしたら、家づくりの第一歩における小さなヒントになるかもしれない。
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