2021/11/29更新1like3100view

著者:原 ふりあ

専門家フィーチャー

美味しい料理をつくるように、一つ一つの条件を前向きに捉えなおす|建築家・矢板久明さんと直子さんインタビュー

この記事を書いた人

原 ふりあさん

アトリエ系設計事務所に所属して住宅や大規模建築の設計を行うかたわら、自ら設計や執筆活動も行っています。一級建築士。

「SUVACOに掲載されている事例を取り上げ、設計した建築家にインタビューする」という企画の第四回目。お話を伺ったのは株式会社矢板建築設計研究所を主宰する矢板久明さんと直子さんです。

SUVACO編集部の松本さんを含めた四人でオンライントークをさせていただきました。取り上げた事例は「IN BETWEEN」(新築)です。深い内容を語りながらも笑い声が絶えず、お二人の仲の良さも垣間見えるインタビューでした。

▽ 目次 (クリックでスクロールします)

お話を伺ったのは

矢板建築設計研究所 矢板久明さん・矢板直子さん

矢板建築設計研究所 矢板久明さん・矢板直子さん

建築家

家づくりとは一日の時間をデザインすること

“IN BETWEEN”──中間領域が連鎖する二世帯住宅──

矢板久明さん

矢板久明さん

この住宅は「IN BETWEEN」という名前にしました。「中間領域の連鎖」がテーマになっています。

親子それぞれの玄関空間、2階のテラス(道路側)、その上に3階リビングとつながるテラス、3階の北(向かって右)を向いたテラス──と主要なスペースが全てこのボリュームの中に散りばめられています。

道路から見て右側から北側斜線[※]がかかっているので、斜線を逃げながら二世帯住宅を三層で実現するために、建物を南寄りに建てています。

北側斜線というネガティブな条件をポジティブに変換しているんです。例えば、南寄りの配置だと日当たりが気になると思いますが、大きなコンクリートの浮いた壁が(隣家の)目隠しを兼ねつつ、反射板として太陽の光を室内に導いています。

──
[※北側斜線:北側の敷地境界線から敷地内に対してかかる高さ制限。住宅地ほど条件が厳しいことが多い]
矢板久明さん

矢板久明さん

こちらは1階のご両親の庭です。写真は午後の光なので、もう少し早い時間だと光を反射する様子がわかりやすいのですが。
矢板直子さん

矢板直子さん

この壁に面している部屋は、1階は親世帯の寝室と浴室、2階は子世帯の寝室と浴室と、いずれもかなりプライベートな部屋なんです。でも壁で二重に囲んでいるので、護られているという感覚が生まれますね。
矢板久明さん

矢板久明さん

3階のバルコニーです。ちょうど日が沈んだ時間帯ですね。
矢板直子さん

矢板直子さん

昼間は室内に光を採り入れる反射板が、夜は逆に室内照明の光を受けて、領域を広げてくれます。

ディティールのこだわり──人の手が触れるところほど繊細に──

矢板久明さん

矢板久明さん

ご両親の部屋の仏間です。親族が集まってこちらでご法事をやられるということで、家の中心に仏間を据えて、仏壇がちょうど入るように設計しました。
矢板久明さん

矢板久明さん

1階の南側は隣家が接近して窓を開けてないので、トップライトを設けているのですが、実はこのガラスは雨がかからないので、上部にスプリンクラーを仕込んでいてタイマーで自動清掃する仕組みになっているんです。トップライトの外側には外部用電動スクリーンがあり、日差しが強すぎるときはスクリーンが下りるようにしています。
矢板久明さん

矢板久明さん

1階はご年配の世帯なので、手摺(てすり)を造作でデザインしています。なぜ2本ついているかというと、引戸を閉じている時に、手前からも向こうからも持てるように。既製品だと良い手摺ってあまりないんですよ。だから毎回造作です。
矢板久明さん

矢板久明さん

この階段なんですが……蹴込[※]が斜めになっているでしょう。

踏面[※]の寸法が230mmにしかとれなく、どうしても降りる時踵(かかと)が当たるので、思い切って蹴込板を斜めに加工してもらって踏面の有効幅を15mm増やしています。大工さんには「本当にやるんですか」って言われましたが(笑)。

それから、階段の下って頭をぶつけたら痛そうで心配で。だからこの黒い角の部分……よく見ると素材が変わっていて、ゴムをはめ込んでいるんです。
──
[※蹴込〔けこみ〕:階段における各段の高さ方向の部分、またはその寸法のこと。水平方向は「踏面〔ふみづら〕」と呼ばれる]
原さん

原さん

全然わからないですね!
矢板久明さん

矢板久明さん

私たちの建築は一見尖っているように見えるらしいのですが、尖ったところがないよう角は丸めるなど、かなり気を遣っています。ちょっと意外でしょう?
原さん

原さん

そうですね、ディティールへのこだわりはお写真から感じていましたが、そのような配慮までは読み取れませんでした。
矢板久明さん

矢板久明さん

ディティールにこだわるというのは「機能と美学を両立する」ということなんですよ。この階段でいえば、機能性は「上り下りしやすい」「ぶつかっても痛くない」ということ。
矢板直子さん

矢板直子さん

特に私たちは人が触る範囲にとても注意を払っていますね。家具や手摺のような。
矢板久明さん

矢板久明さん

1階の手摺も、つまずかないように必要な場所には全部つけて、手摺がない場所は家具のへりを支えにして歩けるかな、とか……どこを触って歩くかを全部シミュレーションしています。ディティールはあくまで生活を支える設えを美しく整えるためのものですね。

ひたすら検討の積み重ね

矢板直子さん

矢板直子さん

一つの形態やディティールに執着しすぎないようにしています。その場その場に合ったものに臨機応変に調整をしていきます。その結果、巾木が部屋の4面で全部違ったり(笑)。
矢板久明さん

矢板久明さん

例えばこの家の手摺も、場所によって素材や作り方が全部違うんですよ。その場所にふさわしいようにデザインするので、整合させようとはあまり思わないです。「何種類あるわけ?」って言われたりします(笑)。
原さん

原さん

違和感がないので気になりませんでした。全体でちぐはぐにならないようにするテクニックは、感覚的なものでしょうか?
矢板直子さん

矢板直子さん

図面の量はものすごいですね。部分の決定によって全体がどう見えるかはすごく検討します。その段階でのチェックはしつこいぐらいやります。
矢板久明さん

矢板久明さん

同じ面の展開図を10枚、20枚とスタディして、壁に貼って検討していますね。

コンクリート打設へのこだわり

矢板久明さん

矢板久明さん

この建物はコンクリート打放しですが、目地[※]がないんですよ。一般的には3メートルごとに目地が必要ですが、全くつけていません。でも打設から一年半経ってもまったくクラック(ひび割れ)が入っていないので、専門の方にはよく驚かれますよ。

打設時には2回目のバイブレーター[※]を入れるようお願いするなど、タイミングや仕様、防水方法など検討した結果、初めてこのような成果を出すことができました。

──
[※目地〔めじ〕:コンクリート面が大きくなることによるひび割れを防止するために、一定の間隔で設けられる隙間のこと。隙間は弾力のある材で充填される/バイブレーター:固まる前のコンクリートに差し込んで振動させ、コンクリートを密実にし強度を高める機械]
原さん

原さん

今まで何度も試行錯誤されてきた結果なのでしょうか?
矢板久明さん

矢板久明さん

そうですね。コンクリートの監理についてはかなり気を遣っていて、打設計画は建設会社と時間をかけて慎重に行っています。ちょっとSUVACOのユーザーに伝わりづらい(マニアックな)話になってしまうのですが(笑)。コールドジョイントやジャンカ[※]などが絶対に起きてはならないと思っています。

命を守ることが第一で、二番目が住む人の健康、次いで美しく維持可能な建築をつくって資産形成に貢献すること。これが建築家のミッションだと思っています。

──
[※コールドジョイント:コンクリートの層がうまく一体化せず発生してしまった継ぎ目/ジャンカ:コンクリート表面に骨材の砂利などが露出してしまった状態]

家具や植栽も施主と一緒に

矢板直子さん

矢板直子さん

家具は最初、量販店などで買うつもりというお話だったんですけど、試しに現場に持ち込んで座っていただいたりショールームにお連れして選んでいただきました。
矢板久明さん

矢板久明さん

ショールームで座った途端に奥さんが気に入ってくださってね。このダイニングチェアは、ドイツのウィルクハーン(Wilkhahn)というブランドの「Occo」という椅子です。
原さん

原さん

家具は施主さんと一緒に選ばれることが多いんですか?
矢板直子さん

矢板直子さん

必ず一緒に選びます。今はインターネットでたくさん検索できますが、値段に表れない座り心地だったり、その家に合ったものがどれかって、なかなかわからないですからね。
矢板直子さん

矢板直子さん

植栽も、最初はあまり多くはいらないというお話だったんですが、ご提案してできるだけ植えました。そうしたら二人のお子さんがホースを奪い合うように水やりしてるようです。先日訪れたら、以前植えた植栽が青々と茂っていて、「愛されているんだな」と感じました。

「君の家はかっこいいね」

編集部 松本

編集部 松本

実際に「IN BETWEEN」に住みはじめたお施主さんの言葉で印象に残ったものはありますか?
矢板久明さん

矢板久明さん

担当したスタッフが言われた言葉があって……

(スタッフさん登場)「奥様が、『もともとマンション住まいだったけど、建築家に頼むってこういうことなんだとわかってきました。例えばトップライトはマンションではできないし、風もよく通るんですよ。私にはもったいない家です』と言ってくださいました」
原さん

原さん

うれしいお言葉ですね。
矢板直子さん

矢板直子さん

(引越しにより)転校したお子さんたちは、「君の家はかっこいいね」と友達から言われるみたいです。そういううれしい話を伺っています。
矢板久明さん

矢板久明さん

坊やが「大田区で一番かっこいいよ、こんな家は見たことないもん」ってね(笑)。

美味しい料理をつくるように、楽しんで建築を考える

原さん

原さん

拝見して空間構成の巧みさなどを感じるのですが、設計する際はどのようにスタディされるのでしょうか?
矢板久明さん

矢板久明さん

基本的に「お断りしない」んですよ。
矢板直子さん

矢板直子さん

お施主さんの求める条件をどうアレンジしていくか、を考えますね。

設計は料理に似ていると思うんです。贅沢な材料を使った料理もあれば、カジュアルな料理もあるし、その時その場に合った料理が必要ですよね。それと同じように、状況に合わせて設計したいというのが私たちの想いです。施主の好み、土地の状況……その家にとって何が一番良いかを考えます。
矢板久明さん

矢板久明さん

「美味しい料理をどうぞ」と。
矢板直子さん

矢板直子さん

自分たちの発想だけでなく、お施主さんの条件を受けたことで成立するという不思議な感覚があります。
矢板久明さん

矢板久明さん

あと、現場のトラブルさえもね。別の現場で、銀色の亜鉛めっきで発注したはずなのに黒いものが届いたことがあるんですけど、取り付けてみたら黒でよかったんですよ。
矢板直子さん

矢板直子さん

トラブルが私たちの設計をかえってフォローしてくれるというか。
矢板久明さん

矢板久明さん

条件を受け止めて自分なりに秩序立てて消化していくうちに、ひとりでに出来上がっていく。これが不思議だけれどすごくうれしくて、楽しいんですよ。だから「こうしたい」とあまり強く思い過ぎないようにしています。

中にはネガティブな条件もありますが、その中からプラスの条件を読み取って形にしていく、という感じです。
矢板直子さん

矢板直子さん

建築って、敷地も所有者も施工者も毎回変わるし、常にゼロスタートですよね。
矢板久明さん

矢板久明さん

問題も起こりますけれど、それも楽しんでいけば、こんなに楽しい仕事はないですね。時間や予算がなければないで、その条件でどうつくるかです。柔道みたいなもので、かけられた技にどう返すか……。
矢板直子さん

矢板直子さん

反射神経でつくっている部分はありますね。筋肉でつくりました、みたいな(笑)。

これといったスタイルが決まっていないので、そういった意味でのアピールは少ないかもしれませんが、お施主さん一人一人に自分の家を気に入っていただけていると思います。

Availability(アベイラビリティ)──機能を超えた力──

矢板久明さん

矢板久明さん

それから以前、ある雑誌で「Availability(アベイラビリティ)」について話したんですが……「建築には、機能を超えて人を活かすような力があるよね」ということを表現した言葉です。

かつて両親のために設計した「南軽井沢の家」は、朝日が昇ってから日が沈むまでを体感できるように設計しています。私の父は晩年、歩けないような状態で住みはじめたんですけど、ここに住んでから次第に元気になりました。

空間というよりは場所の話ですね。豊かで和やかな時間を過ごしてほしいという気持ちを込めて設計すると、そのような場所ができると思います。
矢板直子さん

矢板直子さん

建築には、目に見えるもの以上の力があると感じています。
写真:矢板建築設計研究所

写真:矢板建築設計研究所

おわりに

原さん

原さん

お二人の話を伺って、真っ先に抱いた感想は「とにかくポジティブな方々だ!」という驚きです。

どんなお仕事でも同じだと思いますが、建築家という職業を続ける上で、ポジティブさを保つことは裏を返せば鈍感力を身につけていくこと、と捉えられがちです。でも、少なくとも矢板さんご夫妻のつくる建築から鈍感さは全く感じられず、どちらかといえば、ディティールや最後の「Availability」のお話からは敏感で繊細な感覚が伺えます。

どんな条件も楽しんで受け入れるという、ポジティブで生き生きとした力。それでいて細部までも妥協しない、繊細さと粘り強さ。この両立がとても素晴らしく、自分の家を委ねる建築家として頼もしい存在だと感じました。

矢板さんご夫妻の建築やお人柄のもつ、写真を見ただけではわからない包容力。少しでも伝えられていればうれしいです。
対応業務 注文住宅、リノベーション (戸建、マンション、部分)
所在地 東京都渋谷区
主な対応エリア 群馬県 / 埼玉県 / 千葉県 / 東京都 / 神奈川県
目安の金額

30坪 新築一戸建て3,600〜6,000万円

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この記事を書いた人

原 ふりあさん

アトリエ系設計事務所に所属して住宅や大規模建築の設計を行うかたわら、自ら設計や執筆活動も行っています。一級建築士。

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