旅行に行けない日々が続きます。いずれ旅できる日を夢みて、異国の地に想いを馳せようと思っても、具体的に計画できないとどうしていいかわからないもの。そんな時に、ガイドブックとは違った楽しみ方ができる一冊をご紹介します。
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名もなき建築の窓にこそ
窓が語る、気候と文化
小さな視点で街を眺めてみよう
名もなき建築の窓にこそ
『WindowScape 窓のふるまい学』は、建築物の「窓」にフォーカスし、事例を世界中から集めた一冊だ。写真と図解が非常にわかりやすく、建築の知識がなくても楽しめる。
調査対象となっている地域は、アジア・オセアニア・ヨーロッパ・南北アメリカと多岐にわたる。建築家が設計した建物に限らず、地域に古くから根ざした建物を多く取り上げている。
例えば、この表紙に使われている写真はイタリアのポジターノという都市。斜面中腹に位置する「Hotel Le Sirenuse」というホテルからの眺めである。急斜面の地形にへばりつくカラフルな街並み、ややデコラティブな建物、生い茂るブーゲンビリアから感じられる温暖な気候──。このポジターノという都市の特徴がよくわかる一枚だ。
観光地をアピールする写真は、空から街を俯瞰しているような(最も街が美しく見えるような)構図が多い。しかし現地に足を運んでみると、限定された場所でしかそうした眺めは得られなかったりする。
この写真は私たちの目線と同じ高さで撮影され、窓の向こうだけでなくこちら側も含めた構図なので、場所のリアリティがぐっと増している。
窓が語る、気候と文化
この本を眺めていると、設計の参考になるという以上に、「ああここは行ったことがある。よかったなぁ」「この街にも行ってみたい!」と、旅行したい欲がとにかく掻き立てられる。
窓をクローズアップした写真と図解(窓の高さなどの寸法が入っている)、たった数行の解説しか載っていないのに、そこからはガイドブック以上の情報が得られる。言うなれば、街を肌で感じられるのだ。
例えばこれは、オーストラリアのブリスベンにあるカフェ。日本ではあまり見ない、蛇腹式に全開する窓(折戸)だ。開いた窓辺に腰掛けるカップルは、歩道から丸見えの状態である。
総称すると「窓」だけれど、形状・寸法・素材、それから周辺に置かれる家具やクッションなどによっても、窓の役割は変幻自在だということがまずわかる。窓が果たすこうした様々な役割を解説することが、本の主な趣旨だろう。
しかしそれだけでなく、ブリスベンの常に温暖な気候と、文字通り「オープン」なサーファー文化を、この写真はどんなガイドブックよりもわかりやすく語っている。
付録として掲載されている「調査地および気候・宗教分布図」という世界地図も、ぜひ併せて見てほしい。
このカフェの例でわかるように、窓のあり方というのはまずその都市の気候を、さらに宗教をベースとした文化を伝えてくれる。旅が好きな人ならきっと、この世界地図と写真の往復にワクワクと胸が躍ることだろう。
小さな視点で街を眺めてみよう
街歩きを旅行の楽しみの一つにしている人は多いだろう。私も、旅行する一番の目的といえば街を歩くことだ。
私たちは多くの場合、ガイドブックやトリップアドバイザーを参考にして人気のスポットをピックアップし、点と点を結んでいく。しかし「有名で評価が高い」という基準で選ばれた場所をたくさん訪れても、どこか偽物を見ているような感覚に陥ることはないだろうか?
都市の実態は、より無名の、より小さな部分の集積にあるのかもしれない。それは窓だったり、街に溢れ出す看板だったり、道路や建物に使われている素材だったりする。
窓をきっかけに見ることは、そうした都市の実態を感じる一つの手法だ。建築家はこのような手法(フィールドワークと呼ばれる)を無意識に行っている。とても面白く、都市への理解を豊かにしてくれることは間違いないので、ぜひこの本から始めてみてほしい。
『WindowScape』シリーズは、東京工業大学の塚本由晴研究室が行った研究成果をまとめたものである。塚本氏と共同で研究を行っている「一般財団法人窓研究所」のウェブサイトでは、他の事例やサンプル動画、関連書籍など、たくさんの情報を無料で見ることができる。
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なお次回、この本に数多く登場するスリランカの、中でもジェフリー・バワという建築家が設計したホテルを、私が実際に旅して撮影した写真と共にご紹介したい。