2020/04/06更新0like2575view

著者:原 ふりあ

建築家にとっての「暮らし」と「旅」─中村好文『暮らしを旅する』を読んで

この記事を書いた人

原 ふりあさん

アトリエ系設計事務所に所属して住宅や大規模建築の設計を行うかたわら、自ら設計や執筆活動も行っています。一級建築士。

建築家の著作は理論や作品を伝えるものばかりというわけではなく、ごくリラックスして生活について語る本もあります。今回は中村好文氏の著作の中でも特に気楽に読めて、日々の生活における気づきをくれる一冊をご紹介します。

▽ 目次 (クリックでスクロールします)

建築家は、暮らしと旅から離れられない

建築家──わけても住宅設計に重きを置くタイプの建築家(住宅作家とも呼ばれる)──にとって、「暮らし」と「旅」というのは一生傍らにあって離れられないテーマだ。

その理由はなんだろう?

「暮らし」については単純明快。住宅を設計している以上、常に「暮らしとはどうあるべきか?」を考えている。……とも言えるし、逆にこうも言える。「暮らしについて考えるのが好きだから住宅を設計している」。むしろこちらが正解かもしれない。

では「旅」がテーマになる理由は?こちらもいたってシンプルだ。建築物の「土地に固定されて動かない」という性質上、自分の足で見に行くしかない。だから建築家は例外なく旅をする。そして多くが、旅好きになる。

建築家の“素”の頭の中を覗き見る

中村好文氏は住宅を主に手掛ける建築家であり、同時に文筆家としての人気も高い。気取らないエッセイテイストの文章はとても読みやすく、時々クスっとしてしまう愉快な語り口だ。

この『暮らしを旅する』は、彼の著作の中でもかなり“ゆるい”部類に入る。こう言ってはなんだけれど、何かしら深い建築的知識がつくわけではない。それに著者の作例を見ることもできない。

しかし「建築家ってこんな風に考えるんだなぁ」と、“素”の頭の中をちらっと見られるのが楽しい。建築家にとっては当たり前の行動や思考が、実はあまり一般的じゃなかったりする。そこに楽しい生活のヒントがあるかもしれない。

「暮らし」についての“素”

台所や料理にこだわる建築家は多い。

もともと料理が好きなのか?設計しているうちに好きになるのか?これも鶏が先か卵が先か……という話になってしまうけれど、とにかく台所は住宅と切っても切り離せない要素であり、こだわりたくなるポイントだ。

著者も、自身の事務所において持ち回りで準備する昼食を愉しみの一つにしていたり(「オフィス・ランチの愉しみ」)、旅先のパリで偶然見つけたへら(スクレイパー)にいたく感激したり(「台所の憂鬱を払拭する道具」)、台所の砥石にちょうどいい木の板をあつらえて嬉々としたり(「チークの砥石台」)……と、料理や食がとにかく好きな様子。

中でも、私が最も「建築家らしいなぁ」と感じたエピソードは「浜辺の縁側」。

大磯にある自宅近くの浜辺に、お気に入りの場所があるという。そこを「浜辺の縁側」と名付けた著者。「浜行き」のトートバッグを用意し、ローテーブルや食べ物飲み物を突っ込んでたびたび出かけるのだそう。天気の良い日に浜辺で海を眺めながら飲むシャンパンはきっと格別だろう。

建築家だからといって常に形態を考えているわけではない。居心地の良い場所を猫のように探し歩き、見つけた場所をさらに快適になるよう工夫する。この営みがまさしく建築家らしさだと思う。
「浜辺の縁側」のローテーブル

「浜辺の縁側」のローテーブル

「旅」についての“素”

では、建築家の旅というのはどんな感じだろうか?

ざっくり言うと、名建築の鑑賞に限らず旅全体でずっと建築を考えている、という感じである。いつもと違う環境に身を置くことで感覚が鋭敏になっているから、なんでもとにかく建築に結びつけて考える。旅だから仕事を忘れるという感覚は、おそらく建築家にはない。

「王侯貴族は一瞬にして…」のエピソードはその典型だ。素晴らしいホテルに泊まったのに、ふとした瞬間に(普通なら目につかないようなところに)ずさんな施工の跡を発見してしまい、直したくなってどうにも落ち着かない……。建築関係者なら誰しも「あるある!」と同意することだろう。

そして「アパートメントホテルに泊まる」。とあるアパートメントホテルが建築的に面白かった──という話もさることながら、旅先でも自炊できるようアパートメントホテルを選んだり、蒸し野菜を作るために麻布と紐を持参する、といった独自の価値観が見られる。

著者の場合、単純に仕事を忘れないだけでなく「いつもの暮らしを旅に持ち込んでいる」という印象を受けた。

「暮らし」と「旅」は分離できない

「暮らし」と「旅」は、一般的に「日常」と「非日常」と言い換えられる。しかし著者はおそらくそう考えない。『暮らしを旅する』というタイトルからわかるように、暮らしは旅のようであり、旅は暮らしの延長線上にある──この二つは分離できず、どちらも建築家としての著者の人生に欠かせないのだろう。

しかしそんな難しい説明は出てこないのでご安心を。この本をさらっと読めば、著者が感覚的に二つを一緒くたにして、仕事ともないまぜに生活していることがわかる。

中村氏に学んで、建築家でなくとも暮らしと旅を関連させて考えてみてはどうだろうか。

例えば、旅先のホテルが心地よく感じたとしたらそれはなぜなのか?旅行に持っていって意外と使わなかったものは、普段の生活でも必要ないのではないか?家や近所の公園で過ごす時間にも一工夫することで、旅のようなワクワクを演出できないか?

生活を“容れ物”の側から考えるだけでなく、そうして“中身”から考えてみるのも大切だ。
お気に入りに追加

この記事を書いた人

原 ふりあさん

アトリエ系設計事務所に所属して住宅や大規模建築の設計を行うかたわら、自ら設計や執筆活動も行っています。一級建築士。

SUVACOは、自分らしい家づくり・リノベーションをしたいユーザーとそれを叶えるプロ(専門家)とが出会うプラットフォームです。

家づくりについて学ぶ

「自分らしい家づくり」に大切な、正しい家づくりの知識が身につくHowTo コンテンツ集です。

専門家を無料でご提案

家づくり・リノベーションはどこに頼むのがいい?SUVACOの専任アドバイザーが全国1,000社以上からご希望に合うプロをご提案します。

住宅事例をみる

リノベーション・注文住宅の事例を見たい方はこちら

家づくりの依頼先を探す

リノベーション会社や建築家、工務店など家づくりの専門家を探したい方はこちら

会員登録を行うと、家づくりに役立つメールマガジンが届いたり、アイデア集めや依頼先の検討にお気に入り・フォロー機能が使えるようになります。

会員登録へ

同じテーマの記事

同じテーマのQ&A

住まいの記事 カテゴリー一覧

専門家探しも、家づくりのお悩みも
SUVACOのアドバイザーに相談してみよう

専門家紹介サービスを見る