名建築家・バラガン&吉村順三の自邸に学ぶ、いい家をつくる視点とヒント

この記事を書いた人

ビルダー・建築設計事務所に営業/広報として勤務した後、住宅専門誌の編集を経て、住宅関連の執筆と一般の方の家づくりサポート等に従事。インテリアコーディネーター、照明コンサルタント。

「いい家」と言われる家を見ると、すごいなぁとは思うけれど、実際のところ何をどう見ていいのかよくわからないという人は少なくないかもしれません。
建築家の視点や思考を知ると、家の見え方がちょっと違ってくるかもしれません。もしかしたら、考え方やできる家まで変わってしまうかも。目から鱗の視点と思考、ちょっとのぞいてみませんか。

▽ 目次 (クリックでスクロールします)

建築家って、何を思ってる？

（１）ルイス・バラガン　自邸

（２）軽井沢山荘（吉村順三　自邸）

家は、環境。

建築家って、何を思ってる？

建築家のつくる家というと、奇抜だったり、風変わりだったり、ちょっと変わった建物を想像する人も多いのではないでしょうか。確かに斬新な家もありますが、「一見普通に見えるのに、なんだかものすごく惹きつけられる」「飛び抜けてよく見える」「普通なのに普通じゃない」、そんな建物も数多く見られます。建築家と呼ばれるプロたちは、必ずしも変わったものをつくろうと思ってデザインしているわけではないのです。では、何をどう思ってデザインしているのでしょうか。

大きく言えば、「影響を考えている」です。
それは人への影響だったり、周囲への影響だったり、環境や未来への影響だったり。どこをどう深掘りするか・捉えるかは建築家次第ですが、少なくとも、建物が人の心理や周辺環境に大きく影響を及ぼすことをよくよく承知し、その責任を認識しながら何がどうあると良いのか考え、答えを出す＝デザインしていると言えます。

高橋昌宏

> この住宅のすべての情報を見る

それでは、それがより明確に表れる、“巨匠”と呼ばれる建築家がつくった家を紹介しましょう。

（１）ルイス・バラガン　自邸

ピンクやブルー、イエローなど、鮮やかな色彩づかいで知られるメキシコの建築家、ルイス・バラガン（1902〜1988）。アトリエ兼事務所だったバラガンの自邸は、カラフルな外壁が連なるメキシコシティの住宅街の一角にあり、今では世界遺産に登録されています。自邸はさぞカラフルかと思えば、外観は意外にもシンプル。周囲の建物に比べればひときわ控えめで、静かに映るほどです。
驚くのはその内側。一見、景色に紛れてしまいそうなその建物に一歩踏み入れれば、自ずと家がもつストーリーに引き込まれるようにつくられているのです。

例えば玄関。扉を開けやや狭く薄暗い通路を進むと、突然目の前がぱっとひらけてピンク色の壁面が現れ、左頭上から光の差し込む空間が広がります。この瞬間、誰しも思わず気持ちが“開く”のを感じるはずです。
ここはいわゆる「待合」で、客人と主人が対面する場。明と暗、開放と閉塞のギャップを巧みに操りながら鮮やかな色彩と光を用いて、その瞬間をよりドラマチックに演出しているのです。

人の気持ちを揺さぶる仕掛けはさらに続きます。
白と木で構成されたリビングは、ライブラリーと吹き抜けを共有する開放的な空間。それでいて落ち着きがあり、厳かな雰囲気を感じさせます。光の入る方向に視線を誘われ巨大な十字格子の窓に目をやれば、窓からはみ出んばかりにダイナミックに映しだされる庭の緑とやさしい光。ここが喧騒渦巻く市街地とは思えないほど穏やかな空間が広がっていて、自然と気持ちまで穏やかになっていきます。

敬虔なクリスチャンだったバラガンならではの、十字の光が漏れる寝室、ひとり「今日」を思うための小さな朝食室。どこも場所ごとに繊細なシーンが描かれていて、そこにいれば知らずとバラガンの意図した心理になっていくから不思議です。

※バラガン邸を知るなら・参考図書はこちら
　『Luis Barragan』　齋藤裕監修・著／TOTO出版発刊
　『CASA BARRAGA』　齋藤裕監修・著／TOTO出版発刊

カーサ・バラガン｜写真・著＝齋藤裕編集＝三輪直美｜TOTO出版

（２）軽井沢山荘（吉村順三　自邸）

日本のモダニズム建築の巨匠、吉村順三氏（1908〜1997）。皇居新宮殿や愛知県立大学、八ヶ岳高原音楽堂など著名な建築物のほか多くの住宅を手掛けたことで知られ、軽井沢にある氏の山荘は建築を志す多くの人の憧れの地でもあります。

森の中にひっそり佇む山荘は、１階がコンクリート造、２階から上が木造。日々暮らす住まいと違い身も心もほぐすための空間は、ぎゅっとコンパクトで巣箱のような愛らしさ。元々そこにあったかのように自然の中に溶け込んでいます。

一見すると特段目立つことのない小さな建物のように見えますが、やはり訪ねる人・過ごす人の心情と場面をよくとらえていて実に奥が深いのです。それは建物に入る前から始まっていて、坂道をのぼり歩いて近づくだけでワクワク心が高鳴るほど。

最初にまずたどり着くのが１階軒下。ここは庭先・森へとつながる広いデッキになっていて、コンクリート壁には暖炉が備えられています。湿気が多く夜肌寒い夏の軽井沢では、火を入れることもしばしば。ここで炎に目をやりながら地面から匂い立つ土の匂いを嗅ぎ、すぐそばを流れる川のせせらぎやどこかで鳴く鳥のさえずりを聞きながら過ごす時間はどんなにか濃く森を感じられるかしれません。

もうひとつ、森を丸ごと堪能できるのが２階リビング。壁一面の大開口に思わず吸い寄せられるようですが、窓を開け放てばまるで鳥になって梢から森を眺めているような浮遊感を味わえます。さらに小さな屋上デッキに上がれば満点の星空と四方を囲む森。自然の中に身を置き対峙するひと時を楽しめるのです。

この山荘に来れば、何もせずただそこにいるだけで存分に森を味わえ、五感の冴え渡る違う自分に出会えるのだから驚きです。

※軽井沢山荘邸を知るなら・参考図書はこちら
　『小さな森の家―軽井沢山荘物語』吉村順三著／建築資料研究社発刊　←オススメ！

小さな森の家―軽井沢山荘物語 | 吉村順三, つねお, さとう（編集者私物）

家は、環境。

ふたつの家を見てみると、どちらも具体的なシーンが描かれ、どんな気持ちになれるとよいか・感覚になれるとよいかを想像しながら緻密な仕掛け・工夫が施されているのがわかります。
それは、“あれが好き・これが欲しい”を寄せ集めてつくる家づくりとは全く異質でむしろ逆。見据えるゴールをまず定め、ストーリーを描きながら何がどう作用するかを計算し、必要な形やモノ、素材が選ばれています。

「巨匠のつくる建物だから特別。普通の家には関係ない」と思ったら大間違い。
良くも悪くも建物は少なからず人の心に影響を与えます。整然としてすっきりした空間にいれば気持ちまでしゃんとしますし、閉塞的で圧迫感を感じる空間であれば不安を抱いたり落ち込んだり、不健康な気持ちが生まれます。普段は特に気にしなくても、はじめて訪ねる友人宅やレストラン、ホテルや病院など、ふだんと違う空間に身を置いた時、なんらかの感覚を覚えるのは誰しも覚えがあるはずです。

過ごす空間により、元気になったり、落ち着いたり。
そうした作用が日々重なれば、いつしかそれが当たり前の感覚として身について、知らないうちにその人の思考になり、さらにはその人そのものになっていきます。どんな家・どんな環境をつくるかで、自分も家族も違った気持ち・性格・人生になると考えれば、「うちは関係ない」なんて言っている場合ではないのです。

どんな気持ちになりたいか？どんなふうに過ごしたいか？どんな人生を歩みたいか？
なかなか大きなテーマです。家がそれらに作用する「環境」であるならば、「家をつくること」は、この大きなテーマに答えを出すことと言っても過言ではありません。

野口修一

> この住宅のすべての情報を見る

「いい家」のデザインには、常に理由があります。
それが奇抜であっても、何の変哲も無いものであっても、理由があって生み出されているのです。ただ格好だけを真似てみても、意味や狙いがそこになければ決して「いい家」にはなり得ません。

「変わってる」＝カッコイイではありません。「便利」＝いい家でもありません。
空間がもたらす影響を意識して、意図や本質に目を向けることができれば、これからつくる家は必ず「いい家」になるはずです。